関係

 

混雑する朝の市場では、その姿はいささか風変わりといった印象を受けた。

 

 年齢は14−5歳位か、細い体に不似合いな大きさのショルダーガードに足首まである黒いマント、首とウエストと

手首に大きな宝石の飾り、それだけでも見ていられない位に重そうなのに、手にはもうそこそこの買い物を済ませて

来たらしい戦利品を抱えて、朝食の買い物を急ぐ町のおかみさんたちや、商品を背負い行き交う近隣の農民や商人達で

賑わう通りを、小さな体で器用にすり抜けてくる。

 

 ある露天の前で、ふと足を止める。美味しそうな取れたて野菜の隣に、店のおかみさん手作りであろう、お惣菜類が並んでいる。

店の前に立ち止まった客の姿に、すかさずおかみさんの声が掛かる。

「お嬢ちゃんどう、どれも美味しいよ。全部私が今朝作ったばかりで、出来立てだよ。」

 歳は、40歳位の、なかなか体格のいいおかみさんには、有無を言わさぬ迫力があるが、

「ウーン美味しそうだけど、でもねえ今からこの町を発つから、携帯食ならまだしもオカズ買ってもしょうがないし・・・」

「それなら、お弁当にどうだい。これなら1日2日はもつよ。油で揚げてあるし、材料はうちで取れた物ばかり、美味しいよ。

ほらちょっと食べてみなよ。」

 返事を待たずに、ナイフでひとかけら切り取り、少女に半ば押し付ける。強引な対応にも、物怖じした様子も無く受け取ると

大きな口をあけて欠片を放り込む。

「あっ、本当に美味しい〜!やるね、おばちゃん。」

 片手を頬に当ててニコニコ微笑みながら、正直な感想を述べて、ふと思い出したように、

「おばちゃん、これさ、この緑のこれ、ピーマンだよね。」

「そうだよ、うちの畑の取れたて新鮮だよ。美味しいだろ?」

「すっごく美味しいけど、ダメだ。あいつピーマン嫌いだから。」

「ピーマンたって、ちょっとしか入ってないし、細かく刻んであるから、嫌いな人でも大丈夫だよ。こっそり食べさせちゃいなよ。

わかりゃしないよ。」

「いやもう、これだけは細かいのよ。他の事は適当なくせにさ、あーもういい年した男が、好き嫌いも無いでしょうよ。

いい加減にしてほしいわ。」

 頬に当てたままの手に向かって小首をかしげる様は、可愛らしく見えるが話の内容は主婦そのもの、どうも見た目どおりの

年齢ではないようだ、おかみさんの対応もその印象に合わせたものに変化する。

「仕方ないよ、亭主ってのは、わがままなもんだよ。そこのところをいかに上手く教育するかってのが、女房の

醍醐味ってもんだよ。」

 少女は一瞬きょとんとした顔をして、さらに頬の手に向かって深く顔を傾かせて、なんだか困ったような顔をして、

「いやー、別に亭主って訳じゃないんだ。あれは」

「おや、違うのかい。じゃなんだい。ああ、アレか彼氏ってやつかい。」

「あー・・・いやそれもちょっと違うかもしんない・・・。」

「なんだよ、ハッキリしないね、若いのに。こんな可愛い子といるのに、失礼ってもんだね。ああそうだ、

こっちならピーマン入ってないよ。

こっち持っていくかい。」

「ありがと、貰うわ。そうだよね失礼だよね。はいお金。じゃあね、おばちゃん。」

「まあ、しっかりおやりねー。」

 何に対してのしっかりおやりなのか特に追求も無く、少女は、おかみさんに後ろ向きのまま手を振って、

市場をぬけていった。

 

 

 食料品を扱う店が多い通りから、一本はずれた道には日用品を扱う露天が建ち並び、客層も、おかみさん達ではなく

、市場に荷を届けた後の農夫や商人達に、いかにも旅から旅の殺伐とした風情の男達が混じり、隣の道とは違った活気を

生み出していた。

 

 その通りを、腰に長剣を差し、軽装鎧を見に着けた若い男が、一人分にしてはいささか多いだろうと思われる荷物を

片手に持ち、人より頭ひとつ分以上

高い長身を生かして、あちらこちらの店を見て歩いていたが、市場のはずれの、一軒の露天の前で立ち止まった。

 店主は、いきなり音も無く目の前に現れた長身の男に、いささか面食らったが、そこは商売人にっこり笑って動揺を隠した、

剣士が恐くて旅人相手に商売は出来ない。

「おっさん、これは幾らかな。」

 金の長い髪に、青い目の整った顔立ち、いかにも剣士といった長身の引き締まった体躯に、旅なれた装いのその男からは、

到底想像のつかない、のんびりした口調で問われたので、店主は、一瞬客相手の緊張が解けて動きが停止した。

「・・・どうかした?おっさん。」

「いやいや!何で無いですよ。はいはい、何でも無いです。こちらですか、こちらはえーっと・・・銅貨5枚です。はい。」

「そうだよな、あっちの店も同じ値段だったもんな。うーん、ちょっと安くならないか?」

「いやー、お客さんここん所なんだか訳わからない事が多くて、ちょっと何でも値段が上がっているんですよ。

この町は良いんですけどね、あちこちで色々あったでしょ。」

「そうだよな、リナときたら、ここらの相場がわかってんだか。いやさぁ、連れにこれは銅貨3枚で仕入れて来いって

言われちまって、どこの店も同じ値段付けてるから、まいってんだ・・・」

 あまり、まいっている様には聞こえない、のんびりした口調ではあるが、金髪の頭に、手を置いて2‐3度掻くような

仕草をして、どうやら本当に困っているようである。

「まあまあ、お客さん、どこへ行っても値段は大して変わらないですから、それに嫁さんってやつは、家もそうですけど、

みんな似たようなもんですよ。本当にしっかりしてるって言うのか、何ていうのか。」

 頭に手を置いたまま、相変わらず顔にも声にも殆ど変化は無いが、少し困ったように、

「いや、別に嫁さんって訳じゃ無いんだけど、あいつは。」

 

「ガウリイー、見つけた。買い物すんだ。」

 通りの向うから、人ごみに半分埋もれながら、片手に荷物を持った少女が駆け寄ってくる。

「おお、ここで最後だけど。リナ、これはどこ行っても、銅貨5枚だったぞ。」

「えーっ、隣の町じゃ銅貨3枚が相場だったよ、おっちゃん高いわよ。」

 手に持った荷物を男に渡すと、さっそく自分に向かって値段交渉に入った若い娘は、表通りで別の露天を出している、

結婚10数年になる我が女房並みのしっかり者とみた。

店主は、ちらりと男を見たが、もう任せたと言わんばかりで、あさっての方を向いていて表情は見えなかった。

 ついに、銅貨4枚に値切り倒し、しっかり荷物は男に持たせて、なにやら美味しいものを買ってきたからと、エサをまく事も忘れない、

少女と呼ぶにはあまりにもしっかりしすぎている娘と、ハイハイと返事だけをする男は、連れ立って町外れに向かって去っていた。

 

 結局まける羽目になった店主は、どうしても納得がいかないという表情でボソッと呟いた。

「あれが、嫁さんじゃなきゃ、なんだっていうんだ。」

 

おわり

 

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