獲物
『何でこんな事になっちゃったのかな・・・』
確か、いつものように寄った街で、いつものように仕事を見つけて、いつものように軽く(?)終わらせて、
いつものように相棒と二人で、明日の旅立ちの為の買い物をしている時だった。
あたしの値段交渉が長くなると、これもまたいつものように、ガウリイはふらりとその場を離れて行く、
要するに飽きたのだ。そしてこれはめったに無い事だが、ガウリイが居なくなるのとほぼ同時に、値段交渉は、
すんなりと終わり、雑談の中で店のおじさんから、近くの森に盗賊団のアジトが有るとの、噂を聞き出したのだ。
勿論、店から離れているガウリイは、この事をまったく知らない。この千載一遇のチャンスを、いかにしてモノにするか、
あたしは何時になく真剣に考える。いつものようにと考えるのなら、このまま宿に帰って、夜中にこっそりと出かけるのだが、
何しろ、ここ最近の盗賊イジメの阻止戦は、ガウリイの5戦全勝だ。そろそろこちらも、それなりの作戦というヤツを
立てなくては、あちらの野性の勘には、到底太刀打ちできそうにない。
「おい、リナいつまで掛かっているんだ。もういいかげん、適当なところで切り上げろよ。」
ちっ、どうやら、うろつく事にも飽きたらしい。まったく男って奴は、自分が興味の無い事には、さっぱり非協力的だ。
故郷の父ちゃんも、こういうところは母ちゃんともめていたしな。いや、そんな事は、どうでもいいのよ。
「ねえ、ガウリイ。あたしもうちょっと一人で買い物したいから、悪いけど荷物を持って、先に一人で宿に帰っていてくれないかな。」
こう言っておけば、あたしがしたいのが、女の子の買い物だと理解して、先に帰ってくれる。ちょっと、信頼を逆手に
取っているようで、良心が痛むといえばそうなのだが、背に腹は替えられないのよ。
「ああ、わかった。暗くなる前には帰れよ。ほら、こっちよこせ。」
案の定、まったく疑っている様子も無く、荷物を受け取って、さっさとこの場を離れて行く。まあ、買い物に飽きて
いたんだから、当然の行動だ。多分、夕方まで、一人で剣でも振っているだろう。
まだ、日は高いが、街道筋の盗賊は、旅人相手の追い剥ぎ行為が主な活動だから、当然昼間のアジトは見張か何かが居るだけで、
殆ど留守のはず。暴れられないのが、少々不満だが、まあ、この際お宝だけで我慢しよう。日が暮れる前に帰ってくれば、
ガウリイは、気が付きもしないだろう。
時間が無いので、おおよその場所までは、翔風界で飛んでいく。帰りもこれで帰るしかないだろう。
久しぶりの盗賊イジメに、うきうきとして足取りも軽やかなあたしは、明日二人で進むはずだった街道を一人で、
さあ襲ってくれと言わんばかりに歩き続けた。しばらく歩いていると、拍子抜けするぐらいに、あっさりとあたしと
大して歳が変わらない若い男が一人で出てきて、お決まりの脅し文句で、お決まりの盗賊行為に及んでくれたので、
こちらもお決まりの台詞で、お決まりの呪文を続けて、アジトの場所を聞き出した。しかし一人というのが気に掛かる、
どうにも小規模盗賊団の様だ、これでは、大したお宝は期待出来そうにない。
まあ、仕方ない、こちらも、日が暮れる前に帰らなくては、ならない身だ。ストレス解消くらいには、なるだろう。
そんな事を考えながら街道を外れて、昼なお暗いとはお世辞にも言えない、雑木林程度の茂り具合の、そのくせ深い森の中の
間道を30分程歩き、辿り着いたアジトとおぼしき場所は、人の気配は無かった。いや、アジトと呼ぶのもはばかられる、
野営地と呼んだ方がよさそうだ。寝泊りに使うと思われる簡単な掘っ立て小屋に、昨夜の焚き火の跡と散乱した荷物
(値打ちは無さそう)だけだった。
どうにも、拍子抜けする展開に、気が緩んでいたのだろう。今考えればあまりにもうかつだが、人影も気配も無かったので、
あたしは身を隠すこともせずに無防備にもその野営地を横切り、小屋の前まで足を運んだ。何かあるとすればここしかないのだし、
確認だけしてさっさと帰ろう。いかにも素人の手作りとしか思えない、不器用な作りの扉の取っ手に手をかけたとき、
あたしは反射的に飛びのいた。たった今、あたしが手を掛けようとしていた取っ手は、鞘を被ったままの長剣に叩き落されて、
土の上に転がった。
それでも、飛びのいた先でとっさに剣を抜き身構えた、あたしの反射神経と経験に裏打ちされた判断力は誉めてもいいだろう、
もっとも事態はまったく好転していないけど。扉の取っ手を叩き落とした男も、それなりの経験を積んでいるらしく、
間髪いれずにあたしに切りかかってきた、おまけに強い。
このあたしが、まったく防戦一方だ。それでも、あたしをあっさりと片付けられるほどの腕ではないようだ、これならば
何とか隙を作って、魔法で一気にけりを付けてやる。とりあえず、短い詠唱を呟きかけたあたしは、呪文を中断して、
またしても飛びのく羽目になった。林の中から男が二人こちらに向かって来た、片方は街道で、ここの場所を聞き出した若い男だ。
「魔道士だ、呪文を言わせるな。休まず仕掛けつづければ、たかが女だ。すぐに息が上がる。」
最初の男がリーダー格らしく、他の二人に指示を出している。後の二人は、大した腕ではないが、三人がかりでは、
どうにもならない。もう、どうにかして逃げるしかない、あたしは追い詰められるフリをして、焚き火の跡までくると、
灰を思い切り蹴り上げた。狙いは、一番間抜けそうな例の若い男だ。案の定、正面から切りかかってきていた男は、
まともに灰を被って視界を失った。そいつに思い切り飛び蹴りをくらわせて、無事に森の中へ逃走することに成功した。
これでケリがつくと思ったのは、甘かったようだ。残り二人の30歳そこそこ位と思われる男達が、すぐに追ってきた、
足も速いようでどうにも撒くことが出来ない。いや、撒くどころか、あたしは単に追いまわされている様だった。
適当な距離を空けて追ってきては、呪文の詠唱に入ろうとすると、足を速めて仕掛けてくる。先ほどの斬り合いも
あちらがあたしを斬るつもりなら、すぐに決着が付いていた。つまりはあたしを生け捕ろうとしているようだ。
それはそれで、あまり嬉しくない展開だが、とりあえずそこをついて、何とか活路を見出すしかない。
例の男と斬り合って勝てる目算もない以上、ここはひたすら逃げるのが正解だ。幸い街からそれほど離れていないし、
まだ日も暮れていない。追われているとはいえ、まっすぐ街の方向に走っている。このままなら何とか逃げ切れそうだ。
木々の間から見える、朱色の光が徐々に鮮明なってくる。目の前に夕日が開けた、街道に出た。と思った瞬間に、あたしは、
またしても自分のうかつさを呪う羽目になる。
ここは相手のホームグラウンドで、あたしは追われていたという事だ。あたしの目の前には、崖とまでは言わないが、
とても魔法無しで飛び降りる気にはなれない、高さ4〜5mの急斜面が待っていた。
息を整えるまもなく、すぐに二人と斬り合いをする羽目になる。すでに息の上がっているあたしは、足場の悪い林の中で、
呪文の詠唱をすることも出来ない。このままでは、すぐに捕まるのは目に見えている。
冗談ではない、あたしだって子供ではないのだ、それが何を意味するか、わからない訳ではない。
それは、こんな生活をしている以上、ある程度は、視野に入れておかなくてはならない事実ではあるが、実際そうなった場合、
殺されるよりはましと冷静に受けとめて、相手の隙をついて、倒すきっかけに出来るぐらいに思っていた。そう、ついこの間までは。
「お前さんなぁ、何とかならんのか、その悪癖は。こんな事続けていると、今に痛い目を見るぞ」
あたしの盗賊イジメを見つけるたびに、止めて諌めてお説教して、最後にはあきれてため息、それでも何時も一緒にいてくれる、
あの青い目は、そんな事になっても、変わらずあたしを見てくれるのだろうか。いや、そんな事ありえない、いくらあいつでも。
あいつから、同情や蔑みの目で見られるのは耐えられない。だからと言って失ってしまうのも、嫌だ。そうだ、以前のように、
冷静に受けとめて割り切るなんて、考えられない。
倒せない以上逃げるしかないが、選択肢は、多くはない。どちらか一人に焦点を絞って、突破するか、あるいは、
怪我をしないほうにかけて、急斜面を降りるか。どちらにしても、もうあたしの体力が持たない、やるなら今しかない。
覚悟を決めて、それでも必要最低限の逃げ道の計算だけはきっちりして、当然リーダー格ではない男の方へ仕掛ける。
突然のあたしの豹変に引き気味だ、これならいける。思ったのもつかの間、例の男はこちらが思うより早く反応した。
さっきも強いと思ったが、やはり手加減していたのか、それともあたしが疲れた所為なのか、どちらにしても、もう勝負にならない。
今の仕掛けの所為でもはや息も絶え絶えのあたしは、あっという間に斜面の前まで追い詰められた。
男は、あくまであたしを生け捕るつもりで、斬る気はないらしく、剣を弾くだけで、あたしが自滅するのを待っているようだ。
これは本格的にどうにもならない、いよいよこの崖もどきから、飛び降りるしかないようだ。
自分の身の軽さに、命を賭けて期待しよう。
隙を突いて、飛び降りようと決心した瞬間、男があたしの傍から大げさに飛びのいた。そしてそのまま後ろで成り行きを
見守っていた仲間のところまで後退する。
「誰だ!?」
完結にして的確な疑問文だが、相手が悪かった。返答は回答にはなっていなかった。
「やるなあんた、よく気が付いたな。」
どうして、こういう場面に出てくるのが好きなんだこの男は、狙ってやっているのか、はたまた偶然なのか。
あたしが飛び降りようとした場所から、5〜6m離れた場所に、ゆっくり姿を表したのは、あたしの相棒の金髪碧眼だった。
てか、登ってきたのかこの急斜面を、あんたは、猿か鹿か何かの野生動物か!こいつの体力は、どれだけ常識外れだ、
「・・・・」
ヤバイ、ヤバイ。相棒の顔を見たら安心したのか、へたり込みそうになる自分の足に、必死に踏ん張るように言い聞かせる。
まだ、敵がそこにいるのだ、気を抜くなあたし。
ガウリイが、まったく急いでいる様子も見せずに、草を掻き分けながら、あたしの前に辿り着くまで、誰も動こうとしなかった。
いや、あたしは動けない訳だけど。ガウリイは、右手から小石を数個地面に落とした、ああ久しぶりに指弾を使ったのか、
確かに人間相手ならそれなりに有効だ。
例の男は、油断なく剣を構えてまま彼を睨み付けている。最初に口を開いたのは、もう一人のザコ男の方だった。
「おいこら、てめぇ、どういうつもりだ。邪魔しやがると承知しねぇぞ。」
ひねりも何もない脅し文句である。相手の力量も測れないくせに、なにを偉そうにほざいているんだ、だいたい、
あんたのリーダーの態度でおかしいと思わないのか。
「何処のどいつだか知らねぇが、女の前だからって、格好つけてやがると、痛い目見ることになるぞ。」
「あぁ、そりゃ確かにそうだ。以前にオレもそれで、酷い目にあったわ。」
こらぁ、そんな台詞に、街角で商店のおじさんとでも会話しているかのような、緊張感のない声で、真面目に返答
しているんじゃない。大体その以前と言うのは、いつの事だ、まったく。
「わかってるなら、関係のない奴はとっとと引っ込みやがれ。」
「いや、今更、関係ないと引っ込めるほど、関係ない訳ではないよな。」
ガウリイは、腰から剣を抜くと、構えるわけではなく、ぽんと右肩のアーマーに刃を置いた。まったく、緊張も殺気もない。
仕掛ける様子もみせない。
「ふざけた事抜かしやがって、それとも何かてめぇ、ここまで苦労して追い詰めた、俺達の獲物を横取りしようって腹か。」
「獲物か、そう言うなら、こいつは2年前から、オレの獲物なんでね。」
な、何言ってんだこいつは、あわてて見上げたあたしの目には、一瞬ガウリイが笑ったように映った。
不意にガウリイが仕掛けた。何の前触れもなしに、足場の悪さなどまるで感じさせない速さで、ザコ男は剣を振り上げる
間も与えられず、その場に倒れた。仲間が倒されたわずかな隙を突いて、もう一人が、ガウリイに斬りかかる。
あたしでは、まったく歯の立たなかった相手だが、数回刃を交わしただけで、いともあっさりと地面に突っ伏した。
なんだ、この面白くも何ともない展開は、あたしがめちゃくちゃ弱いみたいじゃないか。心の中でそんな悪態を吐きながら、
へたへたとその場にへたり込む。危なかったら、魔法で援護してやろうと、気合で踏ん張っていたのがバカみたいだ。
剣を鞘に収めながら、わざとなのか、がさがさと大きな音を立てて、ガウリイがこっちに戻って来た。座り込んでいる
あたしの前に立ったが無言だ、あたしもさすがに言葉が出ない。はぁと、大きなため息を吐くと、あたしの前にしゃがみこんだ。
「立てるのか?」
あたしは、無言でぶんぶんと大きく首を振る。ガウリイはそのまま後ろを向いて大きな背中をこちらに向けた。
「ほら、しょうがないから負ぶされ。」
「っ・・・いいわよ。ちょっと休めば歩けるから。」
「いいから、早くしろ。オレは腹が減って、いらいらしているんだ。」
珍しく不機嫌な声を出す相棒に、あたしもむっとしない訳でもないが、さすがに売り言葉に買い言葉で喧嘩を
売れる立場ではない。おとなしく背中に乗った。
「ちゃんと、掴まってろよ。」
そんな事を言ったかと思うと、あたしがあれほど躊躇した急斜面を、いきなり駆け降りだした。
「ちょっ・・ちょっと何すんのよ。危ないでしょうが〜。」
慌てて、しがみ付くあたしをよそに、薄暗い急斜面を事もなげに降りていく、文句を言いたくても、この場で
何か言ったら確実に舌を噛む。あっという間に斜面の下の街道に着地すると、あたしを背負っているというのに、
何時もより早い速度で、無言のまま街に向かって歩き出す。
あたしはと言えば、大きな背中にしがみ付いたままだ。しばらく、どちらも黙ったままだった。
結局、重苦しい空気に耐え切れなかったあたしが口火を切った。
「ちょっと、言いたい事があるんなら、言いなさいよ。」
我ながら、可愛げのない言い方だ。自分でもあきれる。
「別に、言いたい事なんかないぞ。」
「怒ってるじゃないのよ。何か言いたいんでしょう。」
「怒っているからといって、言いたい事が有る訳じゃない。」
どうにも、これは、本当に怒っているらしい。これまで、盗賊イジメが見つかった時でも、他の事でも、
お説教されて呆れられても、こんな風に感情むき出しで、怒った事なんかなかったのに。
こうなると、次の言葉が出てこない。あたしが、言いたい事をぽんぽん言えるのも、ガウリイが怒らないという
前提があってのことだ。本当に怒らせてしまったら、あたし達なんてただの相棒だ。喧嘩別れしたら、それきりだ。
『何でこんな事になっちゃったのかな・・・』
いや、何でじゃない、あたしの所為なのは、わかっているんだけど。
すでに、日はとっぷりと暮れて、辺りは暗闇に包まれている。それでも夜目のきくガウリイは、速度を緩める事もなく
歩きつづける。今度は、向うから切り出してきた。
「リナ、オレが何で怒っているのか、わかっているのか。」
「多分、わかってる。」
ぴったりと、背中に張り付いているけれど、お互いの顔がまったく見えない。ガウリイの声が、直接体に響いてくるけど、
何故かこの場に居ないような錯覚を覚える。あたしの口から、何時もなら出てこないような言葉が、するりと出てきた。
「嘘ついて、出て来た事は悪かったと思ってる、ごめんなさい。」
「わかっているなら、もういい。」
もう少し、近くで声が聞きたくて、彼の首筋に顔を寄せてみたけど、それ以上はなにも話してくれなかった。あたしからも
聞きたいことがあったけど、今は、やめておく。だからって、後で聞くなんて絶対できないけど。
獲物ってどういう意味よ。あいつらとおなじ意味って事はないわよね、それなら、とっくに食べられちゃっているだろし、
それでも別にいいんだけど。って///あたしは何考えてるのよ。いや、追い詰めてるって意味なら、確かにそうかもしれない。
あたしともあろうものが、すっかり追い詰められているようだ。それは認めるしかない。
けどね、そういう意味なら、あんただって、あたしの獲物なんだけど。嘘ついて出て来たあたしを、心配して助けに来るしかない位、
あんたを追い詰めているって、ちょっと自惚れるわよ。
彼の首筋に手をまわして、ぎゅっとしがみ付いてみる。落ちそうだとでも勘違いしたのか、立ち止まってあたしの体を持ち上げて、
背負い直すと、また無言で歩き出した。
暖かくて大きな背中で安心しながら、ふとこのぬくもりに、身を預けてしまってもいいかなと思うが、多分顔を見てしまったら言えない
だろうし、向うもまだ言ってこないだろうから、しばらくは、あたしの居場所は、この背中でいい事にする。どうせ、どちらも獲物なんだから。
二人して追い詰め合っているなんて、なんかバカみたいだけど。
おわり