ガウリイ全身傷跡だらけネタというのもあるのだな。今回はそれ。
ただし、ひん剥いているのに、色気がないのは、いつもの事。
傷
ガウリイが怪我をした。
いや怪我をしたのではない、自分がさせたのだ。どうにも情けなくて、リナの頭の中に自己嫌悪が渦巻いている。かばわれるのは、
いつもの事だし、それは役割分担だと最近は割り切っている。それにこの男どういう反射神経をしているのかと、賞賛を超えて呆れている
くらいだ、リナをかばったぐらいで怪我などした事はない。
それでも今日の相手は、下級とはいえ魔族だ。たかだか1体の下級魔族と油断していたのは否めない。そこらで見つけた適当な魔力剣で
間に合わせているガウリイを前に出すような、半端な動きをした自分の責任だと内心落ち込んでいた。どう考えてもあたしが悪い。
呆れるほどの反射神経に加えて、呆れるほど丈夫な男だ。それなりの怪我だったが、直撃かと思った敵の術もギリギリかわしていたようだし、
リナが敵にとどめを刺すまで、自分の足で立っていた。敵が完全に沈黙したと確認するや、その場に膝をついた。駆け寄ったリナは、
とりあえず確認できる一番大きな傷だけに治癒をかけて、浮遊で運ぶと主張した。ガウリイは、もうたいした傷は無いとやんわり断ると自分で歩いて、
今朝出発した町に戻ってきた。先に進むより確実に早いからだ。
「だから、光の剣じゃないんだから、前に出るなって言ったでしょ。」
昨日泊まった宿に再び部屋を取って、ガウリイを下着1枚にひん剥いて、まだ乾いていない血を拭きながら、細かい傷に治癒をかけていく。
正直、敵が使ったのがどんな術かも判別も出来ていなかったが、幸いな事に風系統か何かだったらしく、すっぱりと切れているだけなので、
出血は多いが、どうということはないようだ。これならば、傷をふさいで、晩御飯にたらふく肉でも食べさせておけば、大丈夫だろう。
ほっと安堵したところでリナの口をついて出てしまったのが、あんな可愛げのないセリフだった。
「あー、まあ気が付くのが遅くてちょっとくらったけど、あのままじゃお前に当たっていたし、オレが受けとくのが妥当なセンだろ、まあ剣は、
また折っちまったけど。」
「・・・」
納得した訳ではない、言いたい事はそこではないのだが、今回に関しては、どう考えてもそのとおりだ。リナが怪我をしてもガウリイには
治せないし、半端な魔力剣では魔族にとどめもさせない。そもそもガウリイが引き付けてリナがとどめを刺すのが、いつもの二人のパターンだ。
ならば言うべき事は、わかっている。
「悪かったわよ。あたしがミスったのよ。」
「わかればよろしい。って痛いだろうが。」
腹いせに腕の傷をちょっと強めに拭いた。悪いと思うのと、納得するかは別問題だ。ちょっとくらい拡がっても、どうせ治す傷なのだから
かまわないだろうという考えもあった。
「ったく、もういいよ。後はかすり傷だし、ほうっておけば治る。」
いささか不機嫌な顔をして、リナの手から布を取り上げると、自分で腕の血を拭き始めた。腕の傷はもう乾いていて、特に出血している様子もない。
あちこちの古傷にまぎれて、わからなくなりそうだ。
「いいわけないでしょ。小さい傷だってばい菌が入ったら大変だし、傷跡だって残るんだから。そんな事を言っているから、こんなに全身
傷だらけなんでしょうが。」
自分のした事を棚に上げてどうかと思ったが、少しばかり声を荒げて、半ば強引に腕の傷に治癒をかけて、大きな手から布を取り上げた。
そのまま無言で血を拭きながら治癒をかけていく、ガウリイも無言のままだ。
何だかな・・・リナはため息でも吐きたくなる。
今までの自分が培ってきた、自信も冷静さも計算さえもガウリイには役に立たない。いや培ってきたと思っていただけで、今までの自分は、
他人に対しての感情移入というものが無かっただけなのかもしれない。行動に感情がこもれば冷静ではいられない、冷静でなければ計算も
出来ない。相手の気持ちが気になれば、自信も無くなる。そして、ここまでわかっていても軌道修正できないのだから、お手上げだ。
「おい、それは昔の傷だぞ。」
いきなり言葉をかけられて手元を見れば、確かにそれはどう見ても昨日今日の傷ではない。考え込んでいて、古傷に治癒をかけていたようだ。
「だから、お前も疲れているから、もういいぞ。」
先ほどまでの不機嫌さの無い、いつもの少しのんびりとした優しい声でそう言われれば、自分で修正できなかった軌道が元通りなのだから、
自分がこれほど単純な性格だったとは、認めたくないが仕方ない。
「後少しだから、ちゃんと全部に治癒をかけるわよ。これ以上増えたら、傷の無いところが無くなるじゃない。」
腕の治癒は終わったので、ガウリイの正面に移動する。敵の術を正面から受けたので、背中に傷は無い代わりに、正面は、どこもかしこも
傷だらけで、おまけにどれが新しいのか古いのか、こうも傷が多いと判別するのも一苦労だ。
「何でこんなに傷だらけなのよ。どれがどれだか判らないじゃないのよ。」
「んー、こんな仕事してりゃこれぐらい別に普通だろ。」
どこの常識よと言いかけて、そういえば元傭兵のリナの父親もあちこち傷だらけであったことを思い出したが、それでもこれほどひどくは、
なかったはずだ。
「それにしたってひど過ぎるでしょ。マメに治癒掛ければ傷跡なんか残らないでしょ。」
「そんなこと言われても、オレは魔法なんか使えないぞ。それにそんな小さい傷にかまっていられる状況でもなし。」
「まあ、そうかもしれないけど、こんな大きな傷は治しておけばいいのに。魔道士とか魔法医とかいなかったの。」
そう言ってガウリイの胸から腹に掛けて袈裟懸けに掛かる傷を触れないように指で追った。
「ああ、それは痛かったぞ。焼いた針で縫い合わせたけど、その後2日ばかり熱出して寝込んだし、まあ敵の襲撃があったら死んでいたな。」
さらりと恐ろしい事を言うが、肝心のリナの問いには答えていない。次の言葉を待って自分を見上げる大きな瞳に気が付き、なんだか
、困ったような顔をしてリナの視界を遮るように、大きな右手を彼女の頭に置いた。
「いたよ、戦場にも魔道士も魔法医も。でもな魔法医は領主か貴族どものお抱えで、傭兵なんかは治療しちゃくれないし、魔道士は俺達と同じで、
戦争用に雇われている連中だから、余計な魔力使っちまったら稼ぎが減るし、いざって時に自分の身が危ないだろうが。」
ガウリイの手を退けようと、その手に自分の小さな両手を重ねたところだったリナは、そのまましばらく沈黙した後、ぐっと彼の右手を両手で
つかんだが、次の言葉は無かった。ガウリイは小さな手を重ねたまま、乱暴にリナを頭かき回した。
「別に、頼めば治療してもらえるぞ。ああいう所では相場よりかなり高いけどな。下手すりゃ稼ぎが無くなっちまうし、家族のいる奴なんかは
命賭けても我慢するしかないだろ。まあ、オレはたまたま金が無かっただけだ。」
そう言ってリナの頭から手を引こうとすると、今度はリナが力を込めて引き止めて、その手でガウリイの視線を遮って話し始めた。
「だからガウリイは、魔道士が嫌いなの。」
「・・・今、何いった。」
「そんな連中だから、ガウリイは魔道士や、魔法が嫌いなの。」
今ひとつ質問の真意がつかめないので、リナの顔を見ようとしたが、彼女は両手でつかんで彼の手を離そうとしない、強引に引き剥がせば
いいのだが、そんな事もしたくはなかった。リナがどんな答えを期待しているのか見当もつかないが、ここは単純に正直に答えておくのが最善策だろう。
「別に、オレは魔法や魔道士が嫌いなことなんて無いぞ。・・・なんでそう思うんだ。」
もう一度ぐりぐりとリナの頭をかき回しながら、なるべくいつもどおりの声でゆっくりと話し掛けた。
「だって、いつもあたしが治癒を掛けようとすると、嫌がるじゃない。いつだって、灯りも火もなんだって、あんまり嬉しそうじゃないじゃない。
何で体中こんなに傷だらけなのか、わかんないよ。」
困った。ガウリイの心境は一言で片付いた。リナは頭の中でグルグルと色んな事をかき回していて、そのくせその中の一つしか話さない。
それで全体を理解してもらう事を期待しているようなふしがある。元々人付き合いは苦手で、他人の考えている事など解るはずはないと
考えているガウリイが、その期待に応えられるはずもない。結局、正直に答えて怒るなら、それはそれで仕方ないと考えるしかない。
「だから、別に魔法が嫌いなことなんてないぞ。お前だって疲れているから悪いかなと思っているだけで、オレは別に魔法がなくても不自由しないし・・・」
「・・・」
リナは無言のまま、ますます両手に力を込めてガウリイの視線を遮った。言わなくていい事を言って、聞かなくていい事を聞いてしまった。
おまけに感情のコントロールも出来ずに、つまらないことを口走った。昼間の事といい、本当に今日の自分はどうかしている。
それでいて、ガウリイの答えが聞きたかったものでは、ないにもかかわらず、嬉しくてしょうがないのだから、どうにも我ながら救い様がない。
ガウリイの手の下で、大きく息を吸って思い切り吐き出した。そして手をどけて正面を見上げた。
「それじゃガウリイ、あんたの今日の傷も、これから先の傷も、全部あたしが治癒をかけて治しちゃうけど、それでいいわね。嫌いじゃないって
言うんだから、いいわよね。」
疑問形だが、答えを聞く気はない有無を言わさない、いつもの口調でガウリイに押し込んだ。
「お、おう、別に構わないけど、お前なぁ・・・いや別に構わないけどな。」
ガウリイは、何か言いかけて止めた。なんとなくリナの疑問の答えが解かったような気もしたが、せっかくいつもどおりの彼女に戻ったのだから
、今日はここまでにしておこう。
リナはといえば、ガウリイの右手をいまだに両手で握っている事に気がついたが、半裸の男を目の前に座らせて、今更手握っている位で
慌てる気にもならなかった。これも慣れというやつか。その手に先ほど取り上げた血を拭いていた布を握らせる。
「はい、それじゃ続き始めるわよ。ガウリイ自分で傷を拭いていってよ。あたしがその後で治癒を掛けていくから。一つ残らず治すから、
これ以上傷跡が残らないようにね。」
「はいはい、今後ともよろしくお願いします。」
おわり