結構、痛そうです。しかも、少々・・・お下品です。やばいと思ったら、引き返してください。

リナ一人で20人くらいの相手ならできるとか、ガウリイ一人で楽勝だろうとかは、この際、すっきり忘れてください。

 

 

蹴り上げろ

 

 薄暗い湿った空気が漂う森の中で響くのは、剣と剣がぶつかり合う音と大人数が走り回る靴音、そして男達の怒号に混じって、

まだ若い女の声。

「ああーっもう!!うざったいわね。いいかげんにしないと竜破斬ぶちかまして、この森と一緒にこの世から永遠に消してあげるわよ。」

 もちろん本人にその気が無いのは、連れの3人はおろか20人ばかりの敵にだってわかりきっている。そんな事を言いたくなるのは、

密集した木々のおかげでまともに魔法を使うこともままならず、森の中で4人が散り散りになりつつあるからだ。少女が手にする

ショートソードは、この条件下では、男達の使う長剣よりやや有利ではあるが、体力差を埋めるまでには至らない。

 少女の相手は3人ほどで、とりあえず互角に相手をしているように見えるが、わずかに押されているのか、徐々に後方に下がっていく。

 

「ちっ・・・」

 ゼルガディスは、明らかに敵に押されているリナの様子を目の端で捕らえて、5人の相手をしながら思わず舌打ちした。

援護に行ってやりたいが、今は自分もあまり余裕がない。

いつも隣に居るはずの彼女の相棒は、彼らから少し離れたところで、巫女姫様と二人で、残りの敵を相手にしていた。どうやら

敵の思惑どおりに分断されたようだ。

『まずいな、このまま粘られてバラバラにされては、こちらが不利になる。・・・仕方ない。』

 ゼルガディスは、狭い木々の間隔を利用して、周りの男達の切っ先をくぐり抜け、一人の男の正面に立った。チャンスと

見て取った男が、正面に構えた剣を次々と突き出してくるのを紙一重でかわしながら、後ろへ後ろへ下がっていく。コンっと

硬い音をたててゼルガディスの背中が立ち木に当たる。

 足が止まった、追い詰めた、そう思った男の突きは、全体重を乗せた必殺のものだったが、予測していたゼルガディスの

左脇を掠める事も無く通り過ぎ、彼の背後の木の幹に深々と突き刺さった。入れ代わりに、人のそれとは明らかに異質な硬度を

持つ合成獣の左拳が、男の腹にえぐりこまれた。

 剣で突かなかったのは、別に温情でも何でもない。単に持ち手と反対側に相手が居たからだ。実際、男の突きの勢い分だけ

カウンターに入ったそれは、内臓の一つも破ったかもしれない。いっそ剣で突かれて即死したほうがマシだろう。

 うめきながら転がる敵を飛び越えて、リナの方へ走り寄りながら、ちらりと他の二人へ視線を送れば、考える事は大して

変わらないのか、一人の男の胸から剣を引き抜いたばかりのガウリイと目が合った。

 こちらの状況を瞬時に判断するぐらいは、難なくやってのける男ではあるが、その視線を止めることなくリナから

ゼルガディスへ移し、最後に彼に向かってにやりと笑うと、胸を己の血で真っ赤に染めた男を無造作に地面に転がし、

巫女姫を追って木立の向うへ消えていった。

『やられた。』と、一瞬だけそう思った。

 こういった場所でのやり合いでは、呪文より体術がものを言う場合が多い。目の前の魔道士の剣の腕は、女としては

大したものだが、やはりそれなりの男と比べてしまえば、体力的には見劣りする。この場合は、間違いなくリナより

アメリアの方が楽に守れる。

 リナと対峙している男の一人を背後から斬りつけながら、ゼルガディスは自分の考えに苦笑する。他の事ならともかく、

この少女に対してあの男がそんな考え方をする訳がない。任されたというのなら、それは最大の信頼だろう。

 信頼などと言う言葉を思い浮かべた自分にまた苦笑しながら、自分の後を追ってきた4人の男に向き直った。

 

 ゼルガディスが背後から男一人に斬りつけた事で、残った二人が意識を後ろに向けたわずかな隙に、リナは、可能な限り

の早口で呪文を唱えながら近い方の男に向かって、目いっぱい踏み込みショートソードを突き出した。

「雷撃!」

 リナの剣が刺さったのは男の右腕だったが、剣を通じて放った呪文は、心臓を停止させるには十分だったようで、わずかに

体を痙攣させながら、前のめりに倒れていった。

 とりあえず残りは一人、とっとと片付けて、目の前で4人を相手しているゼルガディスの援護にまわって、それから、こちらより

大目の人数を相手にしているガウリイとアメリアも気に掛かる。まあ心配は無いと思うけど。

 そんな事を考えながら、斬りかかって来た男の剣先を木々の間をすり抜けるようにかわす。最後の男の腕前は、リナよりやや下と

いうところだが、身長はゼルガディスほど有り、力は勢い余って斬りつけた木の幹に剣を喰い込ませている。長引けば面倒そうだ。

息が上がる前に、もう一つの呪文を唱え始めた。

「氷の矢!」

 放たれた氷の矢の内1本が、呪文の詠唱に気付き跳び退った男の右腕を凍らせた。男の脇をすり抜けた何本かは、立ち木を凍らせ、

さらに2-3本は、ゼルガディス狙う男の一人を凍らせた。

 リナが唇の両端を吊り上げてから次の呪文の詠唱に入る。剣を握ったまま凍りついた右腕を左手で掴んで反撃に出ようとしている

男から、数歩分だけ離れる。男は怪訝な顔をしたが、別に逃げるつもりではない。そもそも魔法を使うには間合いが近すぎるのだ。

「雷撃破!」

 男は、悲鳴をあげる間も無く絶命したようだ。体から白い煙を上げながら、足を中心に頭で大きな孤を描き、後ろに倒れこんだ。

「ふうっ・・・」

 リナが息を告いで、ゼルガディスの援護にまわろうとしたそのとき、リナの足元に転がっていた男が急に立ち上がり、

ショートソードの柄ごとリナの右手を掴むと、そのまま手近な立ち木に叩きつけた。

「っ・・・」

 悲鳴は飲み込んだものの、ショートソードは地面に転がり、右手は拘束されたままだ。

 ゼルガディスが背後から斬りつけた男だった。トドメを刺す暇はなかったとはいえ、起き上がれる傷ではないと思っていたが、

回復魔法を使っていたという事か。男はゆっくりと剣を振り上げた。

 斬られると思ったが、男は剣を振り下ろさない。もう一人男を始末して、残り二人と向き合っていたゼルガディスは、

ちっと舌打ちをした。人質か。

 残り3人では、ここでリナを殺したところで、ゼルガディスを倒すのは無理と判断したのだろう。が、もしここでゼルガディスが、

リナの命乞いをしたところで、結果は同じだ。斬りかかって来る男の剣先を2度3度と剣の腹で受け、手首だけをぐるりと返し

男の剣の勢いを殺すと、そのまま上へすくい上げ、がら空きになった胴体へ刃を突き入れた。もう一度手首を返して引き抜くと、

男は口と腹から血を噴出して倒れた。

 

ぐきゅ

 

 いやな音がした。ゼルガディスも聞いた覚えのない音だ。

 リナの手首を掴んでいた男は、前のめりに倒れかけたが、その腹をリナの足が蹴り飛ばしたため、左肩から地面に倒れた。

白目をむいて意識が無いままに。

 逃げればいいものをと思いながら、1対1では何の問題もなく残る一人を倒したゼルガディスが近寄ると、リナは手首に

自分で治癒をかけていた。

「まーったく、冗談じゃないわよ。」

 ぶちぶちと文句を言うリナに構わず、倒れた男を覗き込んだ。特に外傷は、見当たらない。ふと、ゼルガディスの頭に、

いやな考えがよぎった。

「おい、お前これ・・・蹴り潰したのか。」

 リナは、ショートソードを拾いながら口をへの字にして、不機嫌そうに返事をした。

「そうよ。だって男の急所なんでしょ。」

「・・・」

 平気な顔をして返すリナに、さすがのゼルガディスも絶句した。女の口から聞きたい言葉ではない。

「ガウリイから教わったのよ、いざって時に使えって。失敗すると反撃を喰らうから、やるときは思い切り蹴り上げろって。」

 ・・・何を教えているんだあの男は、ゼルガディスは、言葉も無い。

「ゼル、早く。ガウリイとアメリアの所に行くわよ。」

 リナは、ゼルガディスを置いてさっさと歩き出した。

 

 しばらく森の中を進むと、聞こえてきたのは、良くとおる少女の声。

「いきなり物も言わずに襲ってきたうえ、これほどの説得にも関わらず、なおも悔い改めぬと言うのなら、このわたしが

正義の鉄槌をくだすのみ。」

 そこかしこに、あごを割られたり腕をへし折られたりといった、悲惨な状態の男達がゴロゴロ転がっている。

「何よ、まだやってるのあの二人。」

 あきれたように呟きながら覗き見れば、残り5人の男達と対峙しているのは、アメリアのみで、ガウリイはといえば

その少し後ろに、剣を肩に担ぐように乗せて退屈そうに控えていた。

 アメリアは、5人の男達の間に一直線に突っ込み、一人の男の腹に拳を捻じ込んだうえで後頭部に蹴りをくれて倒すと、

次に斬りかかって来た男の剣をしゃがみこんでかわす。

「ぐわっ。」

 踏みつけられた蛙のような声を発して、斬りかかって来た男はそのまま倒れこんだ。残りの3人が青い顔をして後退する

ところへアメリアが魔法を叩き込んだ。

「氷の矢!」

 倒れた男の胸には、小石ほどの小さな穴が開いていた。

 

「よう、ご苦労さんゼルガディス。」

 いつもどおりの、のほほんとした表情で、ガウリイが声を掛けて来る。

「何でゼルだけにご苦労さんなのよ。」

「いや、別に他意は無いぞ。」

 と、目いっぱい他意がありそうな笑顔で返事をする男に少々むっとしながら、ゼルガディスも言葉を返した。

「別に、大した事はない。いざとなれば男の玉を蹴り潰すぐらいの頼りになる女だしな。」

 その言葉を聞いて、リナの頬が朱に染まった。

「ちょっと!ゼル、余計な事を言わないでよ。」

 先ほど、急所だから思い切り蹴り上げたと説明するのとあからさまに違う態度で、抗議の言葉もソコソコに、赤い顔のまま慌てて

アメリアの袖を引いて歩き始める。

 少女達の少し後ろを追うように歩きながら、ゼルガディスは、しょうがない事をしていると解ってはいるものの、いわなければ

気がすまない。らしくないと思いながら、ガウリイに話し掛けた。

「あんたは、いったいあいつに何を教え込んでいるんだ。」

「んーっ、ああ急所の事か。まあ、男が相手なら一番それが確実だろ。」

 そりゃそうだろうが・・・ここで言いたい事はそこじゃないだろう、と突っ込みたいが、口から出たのは、もう一つの疑問の方だった。

「一番確実なのはいいが、自分が蹴られるとかは、勘定に入っていないのか。」

「・・・ぶっ・・・」

 一瞬の沈黙の後、小さく吹き出すとしばらく声を殺して笑い続けた。

 何だその笑いは。自分が蹴られる訳は無いという自信か、それとも自分の事を蹴る訳が無いと言う自信か。やっぱり、

らしくない事はするものじゃない。

笑いつづける男の横を歩きながら、この次が有ったなら、あいつと組むのは極力避けようと心に決めるゼルガディスだった。

 

おわり 

 

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