去年の夏にTwitter 診断で出た、リナちゃんに白いワンピースを着せるお題。

描くだったが書いてみた年がかりで…

遅すぎるのであちらには報告しないで、こっそりこちらに上げてみる。

そんなわけで季節は秋で、収穫のお祝いムード漂う田舎の町です。

なんてことないお話。

 

 

 

ペタペタと音を立てて、慣れないサンダルを引きずって知らない街を歩いている。

 

 

 その名前も知らない小さな町に着いたのは、日没にはまだ少しあるが、先へ進むには遅すぎる。そんな中途半端な時間だった。

 何の変哲もない小さな町にしては、多すぎる人の数に狭い路地に並ぶたくさんの屋台、人形や竜を模した張りぼてで飾られた山車は

先ほどまで街中を練り歩いていたようで、大勢の男たちに囲まれて町の広場に据えられていた。

そしてそれを取り囲むように集まった町の娘たちの晴れ着は、上着とスカートが一体の昔風の白いシンプルなドレスで、

当たり前の町娘からもどこか清楚なイメージを醸し出しているようだった。

「お祭りか。」

 金髪の青年は、誰に言うともなく小声でぼそっと呟いた。

「そうねー、この町の規模にしては、そこそこ大がかりよね。…これは急がないと宿が取れないかも、

晩御飯は後にして先に宿を探しちゃいましょう。」

 栗色の髪の少女は、自分の意見に対して特に同意を求めることはせず、隣の青年の顔も見ないでさっさと歩き出した。

 

「おーや、旅の人かい、いらっしゃ〜い。」

 白一色の広場から一本裏の路地で、丸々と太ったといっても差支えのない立派な体格の女将さんに小柄な少女は、不覚にも

半ば強引に宿へ連れ込まれ、カウンター代わりのテーブルで、宿帳を広げられてしまった。

「ちょっと待ってよ、一泊で幾らなの。値段を聞かないで決められないわよ。」

「もちろんだよ。うちはいつもニコニコ前払いシステムだから。この部屋がこれで、こっちの部屋はこれ。この部屋なんかどうだい、

うちのスウィートだよ。でも料金はたったのこれだけさ。」

 どうやら、体格を生かしての客の連れ込みは、常習犯らしい。部屋の見取り図と料金表で、客に有無を言わせないつもりらしい。

「どうだい今日はお祭りだし、彼氏と一緒なんだからこの部屋に泊まったら。」

 女将さんの労働を日常としているたくましい指は、先ほどスウィートと称した部屋の絵の上をトントンと度ほど叩いた。

少女はちらりと扉の外の、宿の中に入っても来ない連れの青年に目をやると、口をへの字に曲げて不機嫌そうに呟いた。

「・・・こっちの普通の一人部屋二つでいいの。」

 少女の表情に何を読み取ったのか、女将は、うんうんと二度ほど頷き、営業スマイルのまま少女に話し始めた。

「お嬢ちゃん、いいこと教えてあげようか。この町の女の子みんな白い衣装だったろう。あれはね・・・まあ他所の人に細かいことは

言わないけど、神様に祈りをささげる処女(おとめ)の衣装なんだよ。」

 女将さんは、営業スマイルを引っ込めて楽しそうに笑うと残りのセリフを一息ではいた。

「でも今じゃ女の子があれを着ているのは…まあ早い話がお目当ての男の人に自分を誘っても良いっていう意味なんだよ。

もともと、五穀豊穣と子孫繁栄を祈るお祭りだから、あながち間違いじゃないけど。」

 イマイチ事態がのみ込めない少女を後目に、テーブルの下から別の用紙を取り出すとテーブルに広げ、また営業スマイルに戻って話し始めた。

「で、どうだいあたしの弟がやっている仕立屋なのだけど、この時期だけ貸衣装もやっているんだよ。このために彼を引っ張って

他所からやってくる女の子も多くてね。うちに泊まるお客は特別割引だよ。」

 ああ、なるほどそういう事か、商魂たくましい女将さんに感心したものの、その手に乗るつもりはない。断りを口にしようとした時に

後ろで扉の開く音がした。

「リナ、ここに決めるのか?」

 待ちくたびれたのか外で待っていた青年は、宿のやや低い入り口を屈むようにくぐって入って来た。

「お兄さんちょうどいいところに来たよ。どうだい外のお祭りの様子を見ただろう、お連れさんもお祭りの衣装を着てみたらって

勧めているところなのだよ。」

「へえ、あれって他所の者でも着てもいいのか?」

「もちろんだよ、若い娘だったら誰でもいいんだよ。それで・・・」

「いいのよ、別に必要ないわよ。あんなもの、着なくていいの。」

 興味のありそうな返事をした青年と女将さんの話をさえぎるように、少々きつめに言葉を発してしまう。

「リナ・・・」

非難がましい声で言われても、言ってしまったものを元には戻せない。

「あらごめんなさい、無理にって訳じゃないのよ。良かったらどうぞって意味だから、ほんとにごめんなさいね。」

 ここで女将さんに先に謝られても、気に入らないからと不機嫌になった子供でもあるまいし、ますます決まりが悪いだけだ。

何か言わなければと思うほど、言葉が追い付いてこない。一瞬の沈黙の後、場違いなほどに普通の声でその提案はなされた。

「それじゃ、こいつで決めるってのは、どうだ。」

 

 大きな手には一枚のコイン。

 

 お祭りの間だけの貸衣装のはずなのに、リナの様な小柄で細身の少女体系もカバーするサイズの充実ぶりに、

祭事の本番に巫女が着る本格的なものから観光客が気軽に着られるかわいらしくて露出の少ないものまで、

実に豊富なデザインを見せつけられて、この期に及んで何とか回避しようと無駄な努力を続けていたリナは降伏するより他はなかった。

 何枚か試着して、なるべく露出が少なく体のラインも目立たない、胸の下と袖口を絞っただけの、ゆったりとしたデザインの衣装を選び、

靴もいつものブーツではなく、衣装と一緒に貸してもらえる、ふくろはぎまで編み上げるサンダルに履き替えた。

「へぇっ…」

と、感嘆とも嘲笑とも判別のつかない声を漏らしたガウリイを上目づかいに睨みつけたが、ニヤッと笑って返されて

対抗できる言葉も出てこないまま、リナは無言で店を出た。

 

すっかり日の傾いた広場には、魔法の明かりではなく所々に松明が焚かれ明る過ぎず暗すぎず、なんてことない村を

幻想的ともいえる雰囲気で包んでいた。町に着いた頃より少しばかり人は減ったが、それはどうやら子供たちで、

この祭りの主役ともいうべき男女の比率が上がっているようだ。

山車の周りにあった人波は既になく、10代始めと思しき少年少女たちは大人数で集まりきゃあきゃあと楽しげに談笑し、

それより少し年上の若い男たちと年かさの少女たちは、広場の端に陣取って思い思いに語り合っている。

秋の少し冷えた夜気の中、アーマーを外して腰に剣だけ帯びたガウリイと白い膝丈の衣裳のリナは、祭りで賑わう街を並んで

歩いていた。行きかう年若い少女たちは、誰もが白い衣装を身にまとい、どこか誇らしげでそれでいて不安げな様子だ。

 いやなお祭りだ、リナは漠然と思う。むろんこんな通りすがっただけのお祭りに何かを期待するわけではないが、こんな恰好をして

何もなければ面白くない思いをするだけだ。隣を歩いていても手一つ繋ぐ訳でない男をちらりと見上げる。人混みから抜き出た身長と

それなりの容姿は、白い衣装の少女たちの目を引き、近づいては隣にリナの姿を認めて離れていく。それでいてリナは隣に居るだけ

なのだから、本当に嫌なお祭りだ、としか言葉がない。

 

 ガウリイは、ふと腕に感じた重みに足を止めた。見れば連れの少女が自分の腕に縋っている。

いや見た目にはぶら下がっていると言った方がいい状況だ。

「なんだ、どうした。」

 本人が特に意識している訳ではないが、いつも通りにのほほんとした優しげで、それでいて素っ気ないとも取れる

抑揚のない声で聞いてくる。

「足が痛い。」

 リナはガウリイの腕に遠慮なく体重をかけると、足首とサンダルのひもの間に指をさしてさすり始めた

。慣れない履物で擦れたのだと不満げに漏らす。

「それじゃ、少しどこかで休むか。歩けるか?」

「ちょっとぐらい平気。」

 不機嫌そうに返事をしながら腕をつかむ手にぎゅうっと力を込めてくる。このまま歩けという意思表示なのか、

らしからぬ態度がいつもと違う衣装と相まって年齢相応の女の子らしいしぐさに思えて、自然と笑みがこぼれてくる。

ゆっくりと歩を進めると小さな両手が腕にしがみついてきた。

 

 屋台の間を通り抜け広場に戻ればすっかり日は落ちて、背伸びをしていた年若い少女たちの姿は既になく、年かさの者たちも

思い思いに散っていたらしく人影もまばらだ。それでもガウリイの腕に縋って広場を横切るリナが、その体格差ゆえに

ほんの少し目立ちはするが、決して特異なものに映ることはない程度の人は残っていた。広場の片隅に噴水と呼ぶにはいささか貧相だが、

おそらくは家畜の水飲み場の少しばかり立派な石造りの縁にリナを腰かけさせると、彼女の前に腰を下ろしたガウリイはリナの履いている

サンダルのひもを解き始めた。突然の行動に驚いて固まっていたリナの心中を知ってか知らずか、彼の腕と比較すれば細く華奢とも取れる

足を見つめてぼそりと漏らした

「別に傷は無いみたいだな。」

「まだそこまでじゃないわよ。でも足が痛かったら、明日から困るじゃない。」

 冷えた足には熱いぐらいの大きな手のせいで急に熱の上がった両頬に、すでに暗いこと感謝しながら、彼女の足を包み込むように

掲げる手から、慌てたそぶりを見せないようにゆっくりと足を抜き去ると脱がされたサンダルの上にそっと戻した。

「それじゃ大丈夫か。」

言いながら立ち上がった男は、リナのすぐ横の石組みに腰を下ろす。いつもよりほんの少し座る位置が近い気がする。

いつもと違う薄布の衣裳を通してジワリと体温を感じる。松明の赤さを映す衣装がなんだか急に気恥ずかしいものに感じたが、

それ以上の言葉や行動があるわけではない。常に一緒にいるのだから、今さら何か話すことがあるわけではない。

いつも通り黙って隣に座っているだけだ。

 

「リナ、腹減らないか。」

いい加減に時間が過ぎたころ、ガウリイが放った言葉はそれだった。気が利かないのはいつものことだ。リナも今さら別に

驚きもしなければ腹も立たない。

「空いたけど、寒くなってきたし足が痛いから歩くのいや。」

「じゃあ、宿に帰るか。」

「今日はお祭りだから食事ないって女将さん言っていたわよ。だから今日は割引なんだってさ。」

「それじゃ割引って言わないだろ…じゃあどうする。」

「足が痛いから屋台はいや。寒いから外はいや。混んでいるらお店もいや。」

「おい…どこかで食べて帰るか、何か買って宿に帰るか、仕方ないだろうが。じゃあ、またこれやるか。」

 そう言ってポケットから、先ほど宿で使ったコインを取り出して、リナの手に渡す。彼の体温が残る銅貨を無言で受け取ると、

ものも言わずに指で大きく空中に弾きあげた。

「どっち?」

 左手の甲で受けたそれに右手のひらをかぶせて、ガウリイの前に差し出す。

「どっちがどっちか決めてないぞ。」

「いいから、表?裏?」

 はぁーと、ため息を一つ吐いて後頭部をかきながら、表と呟いた。もちろん彼女の掌のコインは表を向いている。

「見えるんでしょ。」

「そりゃ、そのくらいの物、見えるだろ。」

 悪びれもせず開き直る態度は少しばかり癪に障るし、怒ってもいいのかもしれないが…サンダルのひもを編み上げながら、

いつもより少々かしこまった声で言ってやる。

「何か買って宿に帰りましょ。今日はガウリイの財布から出して。」

「はいはい、本日は仰せのとおりに致しましょう。」

 同じ調子で返しながら立ち上ると、リナの前に腕を差し出す。ちらりと顔を見あげてから、小さな手をがっしりとした腕の上においた。

今日は当たり前にそれができる気がした。

 そのまま松明の横をすり抜けて、多くの白い衣装の少女たちがそうしたように、二人並んで広場からゆっくりと立ち去った。

 

おわり

 

 

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