すまっしゅ「恋せよオトメ」「吊り橋の絆」「新たなる絆を求めて」から…

読まなくても分かるかな?

吊り橋わたれ

 

春もたけなわ、暑くも寒くもなく、まさに絶好の旅日和。

 

 ここ最近は取り立ててトラブルもなく、適当に稼げて適当に危なくない仕事がコンスタントに

入ってきて、いつも一緒の相棒がいつもと変わらず隣を歩いていて・・・本当にとってもささやかな

幸せない日のはずでした、そういつもなら。

 

「ガウリイ…ちょっと休んでもイイかな・・・?」

「・・・おうっ。」

 二人の他に誰がいる訳でもないし、そのまま座り込んでもよかったのだが、さすがに真ん中は避けて

街道の右端に座り込んだ。本日3度目の休憩であるが、相棒は文句も言わずあたしの横に腰を下ろした。

 正直言って、こんなに疲れるとは思わなかった。

 実は、一昨日からあれである・・つまりはあの日、魔法が使えなくなる日である。だからいつもの通りに

一番近い集落に4〜5日滞在して行く予定だったのだが・・・不味かったのよ。何がって宿の料理がよ!

その小さな町に1件しかない宿屋っていうのが、農家の兼業で食材は地元野菜中心で悪くないんでしょうけど、

腕が悪い、壊滅的に悪い。どこをどうやったらこんなに不味くできるのか教えて欲しい位に不味い。

いっそ厨房を貸せ、あたしが作る!と言いたいくらい不味かったが、隣の町まで1日も歩けば着くと言われ、

一晩だけ泊って逃げるように早朝出立してきたわけなのよ。

 天気もいいし難なく進むはずだったのに、思った以上にあたしがダメだった。そんなに普段と差が

あるとも思えなかったし移動くらいと思ったのが甘かったようだ。まいったな、このままじゃ日が暮れる前に

次の町に着くどころか、野宿も視野に入れなくちゃならなくなる。そりゃあの宿のご飯なら携帯用の

干しイモをたき火で焙った方がマシとはいえ、できれば野宿など御免こうむりたいものである。

 それにしてもいいお天気で、柔らかな風に乗って香ってくるのは何の花かは分からないけど、

こんな天気のいい日にぽかぽかの日向で相棒がぎりぎり触れないくらいの位置で隣に座っている、

この安心感はなんとも言えない。ずーっと、こうして居たいくらい。

 と浸っている場合でもない。ちょっとでも先に進むために重い・・・比喩で無く本当に重い腰に

鞭打って立ち上がることにした。

「お待たせ、さあ行きましょ。」

「大丈夫か。キツいなら前の町に戻るか?」

 あたしと一緒に立ち上がりながら、ちょっと心配そうな口調で声をかけてくる。

「・・・・」

 返事に詰まる。それはそのちゃんと、こちらの事情は知らせてあるので・・・いやだから

恥ずかしいのよ!そもそも、ただの光の剣目当てのなんとも思っていない旅の連れだった時に、

あの日で魔法が使えないのと平気な顔で説明していた子供なあたしを…今ここに呼び出して

2,3発張り倒したい。おまけにいくらすっとぼけているからと言って、こいつが本当に

ろくに何も知らないと思っていた、あの時のあたし!ちょっと説教してやるから、ここに来い。

相手はずっと年上の大人の男だぞ。何も知らない訳ないじゃない。

「だっいじょーぶよ。さっさと進まないと本当に日が暮れちゃうから。出発出発!」

 多少の気まずさを悟られないように、ガウリイの視線から逃げるようにくるりと進行方向を向いて

足早に歩き始めた。そしてそれは、あたしがまた疲れだした頃に現れた。

「リナ、吊り橋が見えたぞ。」

「ほんとー!川が見えたってことは、とりあえず半分以上は進んだって事ね。」

「いや川じゃない吊り橋。それにしてもまだ半分か・・・。」

 それはあたしにはまだ見えないが、ガウリイが見えたっていうのなら間違いない。少し歩くとなるほど

両岸に打ち立てた杭にロープを掛けて足場の板を吊っただけの簡素な吊り橋が見えてきた。岸に立って

ちらりと眼下を除くとなかなか深い谷の様だ。これは落ちたらタダでは済みそうにない。魔力減退の時期に

こういうところは極力避けたいところだが致し方ない。あたしが先に1歩踏み出そうとするとガウリイが

後ろからくいっと袖を引っ張る。

「誰だ。そこに居るのは?」

 あたしではなく、吊り橋わきの茂みに声をかける。緊張感のない話し方から特に敵と言う訳ではないようだが・・・

「いやいや、これはまさか我々に気が付くとは、恐れ入りました。・・おやこれはこれはリナさんじゃありませんか。」

「本当だ、リナさんですよ、おじいさん。」

 茂みを分けて現れたのは、黒いマントにシルクハット片眼鏡口ひげをたくわえた顔色の悪い中年男…

そしてどっかで見た様なじいちゃんとばあちゃんと、こちらは見覚えのない6人ほどの男女・・・

「・・・・」

「知り合いか?」

 露骨に嫌な顔をしたはずのあたしに何を思ったのか、隣の男も何だか嫌そうな声で話しかけてきた。

「知ってるだけよ。」

「これは手厳しい。失礼いたしました、私は恋の巣箱の使いマスターレックスと申します。以後お見知りおきを、

そちらのリナさんには、以前色々とお世話になりまして、ええ。」

 相変わらず慇懃無礼の見本みたいな態度でペラペラと話しだす。

「えーっと、ろまんすはいぶ・・・」

 ガウリイの問いかけにハイと返事をしながら何気なくマスターレックスの右手が片眼鏡にかかった、それを見逃す

あたしではない。とっさに手近にあったものを投げつける。

 ぱっこ〜んと小気味いい音をたててマスターレックスの顔にクリーンヒットしたスリッパは、片眼鏡をはじいて

地面に落とした。ぱりーんとこちらもイイ音をたてて地面で砕けた。

「いちいち計るなー!!」

「おい、何してんだ…て、計る?」

「知らなくていいの!」

「いきなり何をなさるんですか…いや、非礼をお詫びいたします。しかしかのリナインバース殿が異性を引き連れて

いらっしゃれば興味がわくのが人の常というもの。ああ、ご説明が遅れまして、私ども恋の巣箱は恋愛相談所です。

はい恋愛相談所。あらゆる人のあらゆる恋愛に関するお悩みの相談をお受けしております。もちろんお悩みを

解消して問題を解決に導くためのアドバイスから、恋愛成就のために考え方の転換や、その方のご事情に合わせた

実地訓練まで、様々なニーズにお応えするための数々のカリキュラムもご用意致してきめ細かいサポートを

行わせて頂いております。片思いから倦怠期マンネリの打破まで、あらゆる恋愛に関するお悩みは、

ぜひとも私共にご相談くださいませ。」

 ガウリイの疑問に何を勘違いしたのか、聞きたくもない説明を一気にまくし立てたマスターレックス。

その彼から微妙に視線を逸らしつつ、ガウリイが小声であたしに呟いた。

「リナ、すまんがオレには、この人の言っていることがイマイチ分からんのだが・・・」

 その言葉にあたしは、いつもと違うホッとした感情をこめて返事をした。

「分かんなくていいの。それでまともよ。」

「で、こっちの人は誰だ?」

 中年紳士に気を取られていたあたしの横には、じいちゃんとばあちゃん、もといマッキンリー夫妻…

このあたしでも、あまり関わりたくはない二人である。

「おや、わしらの動きに気が付くとは、こちらなかなかの御仁の様ですよ、ばあさんや。」

「本当ですねおじいさん、それにとっても素敵な、やりますねリナさんも・・・」

「ばあさん、聞き捨てならんですよ。」

「いやですよ、おじいさんこんな若い方相手にやきもちなんて。」

 何も知らずに聞いていれば微笑ましい老夫婦の会話だが、そんなかわいい二人ではない。

「何で、あなたたちがこんなところに居るんですか・・・」

「いやなにあの後、こちらの皆様に夫婦円満の秘訣を伝授してくれとチャック君に頼まれて、時々こうして

一緒に楽しませていただいている訳なんですよ。」

「今日は、基本の吊り橋のドキドキを味わってもらおうと思いましてね。」

 そういえば恐怖感からくる感情の高まりを恋愛感情と勘違い・・・いや絆を深めるとか言っていたあれか、

あたしがちらりと中年紳士の方を向くと説明を追加してきた。

「わが恋の巣箱がこの近くに新しい支部を開設いたしましたので、マッキンリーご夫妻に特別講師として

ご指導を仰いでおります。私が恋キング様より直々に派遣されたのもその為です。」

 あんな組織が順調に勢力を拡大しているのかと思うと世も末だが、関わり合いにならならなければ害はない

のだし、あたしが気にする必要もない。適当に相槌をうって、隣のすでに半分聞くことを放棄しているらしい

相棒に声をかけた。

「じゃあ、行きましょガウリイ。」

「おやリナさん、せっかく会えたのに、もう少しゆっくりしていったらいいじゃないですか。」

「いえ、先を急ぎますから、今日はこれで。」

 小柄で人のよさそうなばあちゃんの申し出をむげに断るのはかわいそう、などと思う必要はこの場合

これっぽちもない。そして、あたしの知り合いとは関わらない方が無難とすでに学習済みのガウリイも

何も言わずにこれに従う。

 そしてあたしは、今のやり取りで先ほど感じた吊り橋に対する少しばかりの恐怖感もすっかり忘れてしまい、

吊り橋の途中まで先を急ぐことだけを考えて進んでいた。あたしの胸のあたりの高さの綱を両手で

しっかりと掴み、うっかりすれば体ごと落ちそうな間隔の空いた踏み板をしっかりと踏みしめて吊り橋の

中ほどにたどり着いたとき、足元のそれは風もないのに大きく揺れ始めた。

「なっな・・何!!」

 振り返ると腰のあたりまでしかない綱をつかんで、あたしと同じように後ろをみようとしているガウリイと、

その視線の先には吊り橋の綱を楽しそうに揺らしている、老夫婦とその他大勢の男女の姿・・・

「そーら〜、みなっさ〜ん頑張って吊り橋効果の実践ですよ(はあと)」

「こらぁっ!!何してんじゃ、あんたたちは!!うきゃあぁ…」

 怒鳴った拍子に踏み板の間に片足を突っ込んでその場にしゃがみこんでしまった。

「リナ。」

 あたしがしりもちをついたのに気が付いて、ガウリイが向きを変えてこちらに向かってくるが、

1歩踏み出したところで対岸に目を止めて、上半身だけ後ろを向いて怒鳴った。

「おい、あんたら、やめろ!危ないだろ切れる!!」

 き・・切れるって…まさか。しかし何やらはしゃいだ様子の連中は以降にやめる気配がないばかりか、

よりいっそう激しく揺すってくる。あたしはもうしがみ付いているのがやっとの状態だ。それでも何とか

首だけ回して対岸を確認しようとした瞬間、ガクッとあたしの右側に向かって橋が傾き右手が掴んでいた綱は

下に向かって落ちていく…体は大きく傾いたが何とか右手も左の綱を掴んで落ちるのだけは回避したが、

ほとんどぶら下がっているだけの状態だ。今だに激しく揺れ続けている綱に腕だけでぶら下がっているのにも

限界がある。足場を探してようやく引っ掛けた踏み板は編んだ綱に挟んであっただけのもので、あたしの

足の重さだけであっけなく落下していく。

「きゃっう・・・」

 一度かけた足が再び落下したので思わず声が出たが、何のこれしきの事で落下するあたしではない。

リナ、と再びガウリイの呼ぶ声がする、見ると二人分の荷物を掴んだままの右手を手摺り代わりだった上の綱に、

踏み板が乗っていた下の綱に右足を引っ掛けただけで、この揺れる綱に難なく取り付いている。くっそう!

そりゃあたしの細腕はガウリイには遠く及ばないが女の子にしてみればかなりの力があるのだ。

それに体重はガウリイよりはるかに軽い。負けてなるものかと妙な競争心に燃えて、下の綱に足を引っ掛け直し

体制を整えて、こちらに向かってこようとするガウリイを目で制することに成功した。

「手を離すなよ。ゆっくりこっちに来い。戻るぞ。」

 戻る?進むんじゃないの・・・という疑問はあったが、現状では自分よりガウリイの判断に任せることにする。

あたしがゆっくりとガウリイの方に向かっている間に、奴は荷物と剣を腰のあたりに結び付けて両手の自由を

確保してから、あたしに背を向けておそらくは綱を揺らさないように気を付けているのか相当慎重に

ゆっくりと進み始めた。見るとその先ではさすがに状況の深刻さに気が付いたのか、恋の巣箱の連中が

心配そうにこちらを見ていた。おにょれ…あとで見てろよ。

 バランスさえ崩さなければ2本の綱の間を手と足を使って進むのはそう難しい事ではない。

はずだったのだが、そう世の中甘くはなかった。数歩進んだだけで、微妙に重心が後ろに向かって傾いた

と思ったら身構える暇もなく、あたしは掴んだ綱ごと谷底に向かって落下していた。

 

とっさに浮遊の呪文を唱えかけて、慌てて体制を立て直す方に切り替えた。

 まず足の綱から切れたのは、この場合不幸中の幸いと言っていいのかもしれない。

頭を上にして落下できるのだから・・・もっとも事態は何一つ好転していないのだけど。

このまま落ちれば綱の長さの限界で最初の衝撃、そこを耐えても次に崖に叩きつけられる。

しかし落下すれば下は川とはいえ、ただでは済まないだろう。何としても手を放すことなく

この場をのり切らなくては!あたしが決意も新たに綱をギュッと握りなおしたその時、両手に強い力がかかり、

体がふわっと浮きあがった。

いや引っ張られているのだと気が付いたときには、あたしの体は空中で抱き留められていた。

誰になんてことは考えるまでもない、ようするに釣り上げられたのだ。そしてあたしを片手に抱えたまま、

綱の動きに身を任せて崖に両足で着地した。

つくづくあれだ、こいつと体力的なことで勝負しようなんて2度と考えまい。

「リナ、自分で上がれるか。」

そうだった二人分の体重を腕1本で支えているんだった、言われて急いで頭の上の綱を掴んだ。

「おい、あんたらぼさっと見てないで引っ張り上げてくれ。」

そこで恋の巣箱の連中はようやく我に返ったかのように、慌てて動き出した。

 「いったい、どういうつもりなんですか!あなたたちは!!」

 崖の上で、あたしが一番初めにすることは、当然のごとく決まっている。

「どういうって、スリル満点でドキドキだったでしょう、リナさん。」

「やっぱり適度な刺激が、円満の秘訣ですな。」

 相変わらず勝手な持論を振りかざす老夫婦にげんなりするが、ここは引くわけにはいかない。

「あのね、一歩間違えば死ぬところだったんですよ。スリルだ円満だのの問題じゃないんです。」

あたしの言葉に顔を見合わせ、反省したのかと思いきや・・・

「だって、リナさん魔道士ですから、いざとなれば飛べるじゃありませんか。」

 おのれ、そう来たか。しかし可憐な乙女のあたしがここで本当のことを言えるわけもない。

「魔道士だって、いつでも都合よく呪文が使える訳じゃないんです。だいたい前にも言ったと・・・」

「リナさん、あれあれ彼氏さん怪我しているみたいですよ。」

「けが・・・」

 話をはぐらかそうとしていることは明白だが、いちおうガウリイに目を向けると確かに

左手首を気にしているようだ。

「どうしたの、怪我したの?」

「いや、怪我ってほどじゃ、ちょっと痛めたみたいだが。」

「ちょっと、手首とか大変じゃない。早く・・・」

 ここで、はたと気が付く。しまったぁぁぁ・・・あたし魔法が使えないんじゃないかぁ。

 みょーな沈黙があたりを包み、あたしの背中に視線が痛い。何でみんなして、こっちに注目しているのよ。

あたしにどうしろっていうのよ。

「もしよろしければ、私どもの新支部にいらっしゃいませんか?ええもちろん治癒が使える者もありますし、

橋は明日までにうちの者が掛け直しますから。」

あんまり気乗りしない申し出だが、魔法は使えない橋は落ちたでは、この話に乗るしかないだろう。

「何言ってるのよ、だれのせいでこうなったと思ってんの!そんなの当然でしょ。」

だからといって、感謝する筋合いは、まったくない。

 

吊り橋から30分ほど歩いた場所にあるそれは、以前行った本部よりは幾分こじんまりしているものの、

人里離れた場所にしては、立派といっても差支えのないものだった。

さっそく自慢げに説明を始めようとするマスター・レックスの話をさえぎって、先に治療をさせて

もらうように言ってみると、

「そうですよ、治療が遅れると悪化するんですよ。早い方がいいんです。」

 珍しいかな、ばーちゃんの助け舟のおかげでスムーズに話が進んだ。

「それにしてもリナさんの彼氏さんは、本当にいい男ですね。おまけに頼りにもなるし・・・」

 などと頬を赤らめたりしているのは、なんなんでしょう。その向こうからのじーちゃんの

尋常ならざる視線は、・・・無視しておきましょ。

「さあ、治療も済みましたし、私どもの施設をご案内・・・」

「けっこーです!」

 中年紳士の申し出をそっこーで断ると、

「そうですか残念ですね…あれから色々と新カリキュラムも作ったのですが、倦怠期を乗り越えるため

の物もありますよ。・・・そうですか、それではもう夕飯の時刻なので食堂にまいりましょうか・・・」

 食事の時間なら最初からそうしろよ!という思いは言葉に出さずに飲み込んでやった。あたしも、

かなり成長したものである。

 薄暗い廊下を5人で並んで歩いていると、ガウリイがぼそっと呟いた。

「なあ、あそこに誰か居るみたいだが・・・」

 見ると廊下の隅にうずくまる女と思しき影、そしてあたしとガウリイ以外は、不自然に目を逸らす。

そんな不審な動きを不思議に思ったのかガウリイは言葉を続けた。

「なんだか具合が悪いみたいだけど、・・・ここの人じゃないのか。」

「まさか、急に持病が出て困っているところを助けたのが縁で恋に落ちる。なんていう陳腐な

攻撃じゃないでしょうね。」

「な・・・何故それを?!」

「それか!本当にそれか!!なんだかんだ言っても、やっていることは前と同じじゃあないの!」

「同じとは失礼な。我々は努力を重ね日々精進して新しいカリキュラムの開発を続けているのです。

あらゆる場面とパターンでどのような反応をしめすかを確かめるために、実験も重ねております。」

「あのねー、そんな事はあんたらの勝手で、どうでもいいのよ!あたしらで試すなー!!」

「おいちょっと落ち着けってリナ・・・いや攻撃?試す?」

「分からなくて、いいの・・・」

 ガウリイの天然が、今日ほどありがたかったことは無い。

 

 その後、そこそこ立派な食堂で、この支部の職員や会員を名乗る20人ほどの男女とそれなりに

美味しい夕飯を頂いたが・・・来るのよ。食べている間も若い女が頻繁に「ワインのおかわりと

言いながら屈みこんで胸の谷間を見せつける攻撃」とか「横をすり抜けるながらわざらしくと

目の前にフォークを落として拾ってもらいつつ色目を使う攻撃」とか。最終的には「いっそストレートに

どうでもイイ事を話しかけながらすり寄ってくる攻撃」だとか、どれをとっても清々しいほどに

ワザとらしいので怒る気にもなれやしない。

 それに対してガウリイの方が、「ああ」とか「どうも」とか最低限の口しか利かないので進展が

ない為か、次から次へとやって来るんですが・・・しかもその度に向うの方から何やら声が上がるのが、

気に入らないというか、あたしらをなんだと思ってんだ、ここの連中は・・・

何と言っても気に入らないのは、何でガウリイの方にしか攻撃が来ないのだ。別にして欲しい訳ではないが、

ちょっと失礼だろう。マスターレックスの奴を問い詰めようにも、ここまで案内してきただけでいつの間にか姿を消していた。

おかげで、そこそこ美味しかったはずの料理にさっぱり集中できなかった。

 

 よく晴れてキレイな星空の下で二人っきりだけど、別に色っぽい展開な訳でも頭にきて飛び出した

訳でも無い。雨が降ろうが槍が降ろうが欠かしたことのない、ガウリイの素振りのために外に出て

きただけよ。ちなみにあたしの稽古はもう終わったの。人は何をするにも適量ってものがあるのよ、

こいつに合わせていたら、確実に死ねる・・・

「それでまあ、行きがかりとはいえ二回も関わっちゃったわけよ。」

「二回目の方は自分で行ったんだろう。」

「しょうがないじゃないの、まさか知り合いだなんて思わなかったんだから。」

「しかし、オレにはよく分からん話だな。」

 建物の中では、本部にあったようなシステムで監視されているような気がして(いや多分しているに

決まっているんだろうけど)、外に出てからざっと説明したんだけど、理解はしたようだが納得は

していないようだ。まあ、あたしだって、以前は納得してなかったけど・・・

「すると、あれもその攻撃ってやつか。」

 素振りの手を止めたガウリイの見つめる方向から、取ってつけたように現れる女の乾ききった悲鳴・・・

そしてそれを追ってくる男のドスの利いてない怒声。あれじゃ気配に敏感なガウリイはおろか

子供だって騙せないでしょう。

 そのまま、あたしたちの横をわざとらしくすり抜けると、当然の様に建物の中に入って行った。

こいつら、色々と組織を改善して、あちこちダメになったみたいだな…まあ、平和でいいけど。

「・・・もう戻るか。」

 ガウリイは、棒読みで呟くと、剣を鞘に納めた。

「うん・・・」

あたしもおそらく棒読みだろう。立ち上げって、今の女と男が消えた入り口に向かった。

 それにしても、誰もいない廊下を歩いているはずなのに、そこかしこから感じる人の気配を

どうしたものか。あたしがウンザリするくらいだから、ガウリイなんか言うまでもないだろう。

 そのガウリイが、部屋の前に着くと、一つため息をついてから小声であたしに言った。

「リナ、床でいいからお前の部屋に居てもいいか・・・」

 あたしもちらりとドアの方に視線を向けて言ってあげた。

「吹っ飛ばそうか・・・」

「・・・おい。」

「冗談よ。」

 半分本気だが今日は出来ないだけ。部屋の中がどうしたとの質問は飲み込んであげて、あたしは、

 

あてがわれた部屋のドアを開けた。

 

薄暗い部屋に数人の男と女、リナなら以前に見たものと同じような光景である事に気が付くだろう。

「会員の良い腕試しになるかと思ったのですが、中々に手ごわいですね。」

 新しい片眼鏡を装着した中年紳士は、すでに音声の途絶えたレグルス盤を見つめていた。

「ターゲットを女性の方に変えてみてはいかがですか?」

 デスクの男が進言する。

「彼女は会員が腕試しにどうこう出来る人間ではない。それは以前に実証済・・・いや、さすがに

伝説のアレたる彼女の連れ、一筋縄ではいかないという事でしょうか。仕方ない明日は、もう一度

これで計ったうえで今後の対策を決めましょう。本日はこれで解散です。」

 片眼鏡をくいと引き上げて、マスターレックスは部屋を出て行った。

 

 今日もとっても快晴、旅日和。

「ガウリイ、橋も新しいのが掛かったって言うから、朝ご飯食べたら早いとこ、こんなところから、出発しよう。」

「おう。」

 昨日と同じ食堂で同じメンバーのはずだが、今日は、誰も攻撃して来ないな諦めたのかな。

ちらりと別のテーブルに座る会員の男女を見るが、向こうはこちらに視線も向けない。

あたしたちと同じテーブルに居るマッキンリー夫妻は、昨日の不穏な空気など無かったかのように、

今日はラブラブ・・・というか、いつも通りに過ごしているみたいだ。

「おはようございます。昨夜は、よくお休みになれましたか。」

 探している時は居ないくせに、いらない時は来るんだな。ワザとらしい微笑みを顔に張り付けて

声をかけてきた中年紳士をちらりと横目で見ながら、

「おかげさまで、(狭い部屋に二人で寝ることになって)静かで(明け方まで隣の部屋でごそごそしてるし)

とってもよく眠れましたわ。」

と、大人の対応はしてあげた。

「そ・・・それは何よりです。恋の巣箱は、会員の為のお部屋も食事も一切手を抜かず快適に

過ごしていただけるように努力を重ねております。お二人も何かお悩み事がございましたら、

恋の巣箱にご相談ください。」

「別に・・・。」

「何もありません。」

 二人同時に速攻で答えた。

「これを食べ終わったら、すぐに出発しますから、どうもお世話になりました。」

「あら、リナさん、もう行ってしまうんですか。もう少しゆっくりしていったらどうです。」

 これ以上関わり合いになるのは御免だと分かってもらうために、バッサリ言ったつもりだったのに、

ばあちゃんには通じなかったみたいだ。

「いーえ、これ以上タダでお世話になるのは申し訳ないので、直ぐに出発しますから。」

「まあまあ、そんなこと言わずに・・・あらダメなんですか。じゃあ昨日の橋の所までお送りしますよ。

ええ、ええ、イイですよね、彼氏さん。」

「えっ・・はあ。」

 おのれ、あたしがうんと言わないからって、ガウリイに振るとは、ばあちゃんめ侮れん。

あんたも聞いてないからって、適当に返事するんじゃないわよ。こっち見たって知らないわよ。

「それでは、出発の際はお声を掛けて下さい。」

 ばあちゃんの戦略に乗っかって、当然の様な顔をして去っていく中年もムカつく。

 

ピーッ

朝から薄暗い部屋に戻ると掛けていた片眼鏡を外し、数値を確かめる。

「ふむ、ロマンス値はかなり高いですね、まあこれは見た目からも判断できますし・・・問題は、はて?」

「如何しましたか?」

 昨夜の男が近寄って、偵察魔道器を覗き込む。

「ロマンス値はなかなかの数値ですね。抗ロマンス値も・・・高いですが特に問題なほどの数値では

ないですね。これが何か?」

「いえ、これはもう一度数値を図るべきですかね。さて・・・あ、私はちょっと出かけますから

今日のカリキュラムは、よろしくお願いします。」

 マスターレックスは、再び片眼鏡を掛けると司令室を後にした。

 

「何よこれ!。これで橋なんて言えるの。」

「そのように言われましても、なにぶん一晩でかけ直したものですから、簡素なのはご容赦いただきたい。」

 中年紳士は悪びれもせずに言い放つが、何しろ目の前のそれは、どう見ても橋と呼ぶには

簡素が過ぎる…太い綱を何本か撚った足場とそれに細い綱を所々止めただけの手摺り代わりの、

これも綱。要は3本の綱にすぎないのだ。谷底に転落しかけたのが昨日の今日で、これを渡れ

と言われて気分がいい訳がない。

「もうお別れなんてお名残惜しいですな。」

と、じーちゃんが言えば、

「本当にそうですね。それにしてもリナさんがこんなに素敵な彼氏さんを連れていらっしゃるなんて・・・」

続けてばーちゃん、

「全くです。世の中何が起こるか分からないものですな。」

最後の中年紳士のセリフはちょっと聞き捨てならん。

「ちょっとあなたたち、人が大人しくしていると思って言いたい放題言ってくれるじゃない。

この男の剣は、とってもよく切れるんだけど、試してみる!?」

 言いながら隣に立つ男の剣を半分ほど引き抜いて見せた。

「こら、何してんだ危ないだろ。」

「大丈夫よ、冗談に決まっているでしょう。」

「これが、冗談で済むか・・・早く戻しとけ。」

 ばあちゃんが真面目な人ねーとか褒めているが、これが冗談で済む代物ではない事は、伏せておく方が

いいだろう。黙って、鞘に納めた。

 きりがないので、適当に挨拶を済ませて立ち去る事にした。何も言わないのにガウリイが先に

渡りだしたのはちょっと驚いたけど…まあ、今日はありがたいかな。その後にゆっくり続く事にする。

 思いのほか安定している綱の橋を半分ほど渡ったところで、いやな予感がよぎると同時にそれはやってきた。

「うきゃぁ!・・・あんたらー!!いいかげんにせんかーーー!!!」

 お約束のように半分ほど進んだところで、揺れだした橋、こいつら何考えているのよ!?

「大丈夫ですよリナさーん。今度は切れないように橋を軽くして補強してありますから〜。」

 そういう問題か!もういいよ、とっとと渡りきるに限る。

ガウリイがあたしの様子を確認してから向きを変えた途端、勢いづいた橋が大きく揺れて、二人とも

体が地面に平行なほど傾き…あたしの目の前で、ガウリイの腰の剣がゆっくりと鞘から外れていった。

「あっ・・・」

 思わず両手を放して、するりと鞘を離れて落下しようとする剣を右手を思いっきり伸ばして追う。

両足が足場を離れ全身に重力が掛かるも、右手は、あと少しで剣をとらえるところだった。

しかし、ぐっとお腹に圧力が掛かりあたし落下はそこで止まった。全体重が一か所に集中して思わず

うっと声が出た。剣はまるでスローモーションのように、ゆっくりと落下しているように見えた。

 とっさに呪文を唱えた。出来るかどうかなんて考えもしなかった。

「浮遊!」

 剣は、すでに十数メートルは落下していた。が、ゆっくりと落下速度を落として、ふわりと浮きあがった。

ほーっ、あたしと同時に頭の上からもため息が聞こえた。・・・よかったぁぁぁ・・・。

 手元まで引き寄せて、がっちりと柄をつかむ。ここまで終えて、あたしときたら自分の全体重を

預けっぱなしな事に気がついた。すでに橋の揺れもおさまり水平に戻っていて、ガウリイは、

あたしを安定の悪い足場の綱の上に戻すと、手からひょいと剣を取り上げて、(うっかりその辺を

切らないように)慎重に鞘に戻す、カチリと確かな音がした。

「ごめんなさい、さっきちゃんと納まってなかったんだ。」

「いや、確かめなかったオレが悪い。」

 う〜みゅ、あたしとした事がとんだへまを、挽回したとはいえ口惜しい。まあ、大事に至らなかった

のだから、この場はこれでいいとして・・・あいつら〜・・・

 ぐるんっと後ろを振り返るとさすがに慌てたようだが、魔法も回復したようだし今度という今度は、

2,3発ブチ込んでやらなけりゃ気が済まない。

 グイッと一歩踏み出したところで、再びお腹に圧力がかかったと思ったら、体ごと後ろに

引っ張られぐるっと回転させられたと思うと、もう一度お腹に体重が…ちょっと何であたしってば

ガウリイの肩に担がれてんのよ。

「何してんのよ!降ろしなさいよ。」

「あー、もう関わるのはごめんだ。さっさと先行くぞ。」

 言いながら、向こう岸に向かって歩き出した。そりゃあもう、あたしだって関わりたくないけど

このままって癪にさわるじゃない。

 頭を上げると、にこにこ笑ったばーちゃんとじーちゃん中年紳士の3人が、こちらに向かって

ひらひらと手を振っていた・・・むかつく。

吊り橋なんか渡らなくっても、いつも危ない事ばっかりだったんだから余計なお世話だっていうのよ。

 あたしは、相変わらず手を振る3人に向かって、あっかんべーと舌を出した。

3人はいっそ微笑ましいといった表情でこっちを見ている。ムカつくけどしょーがない。

大人しくガウリイに担がれながら、パタパタと手を振って、別れの意を示して、さよならする事にした。

 

ピーッ

「おや、マスターレックスどうかしましたか。」

片眼鏡を覗き込む中年紳士に傍らの老女が声をかける。

 

ええミセスマッキンリー、実はある程度すぐれた容姿を持って生まれた者の中には、
異性を引き付けることに興味を示さなくなる者が存在する、という話を
思い出しましてね。」
 不思議そうに首を傾げる老婦人に、にっこりと微笑んで言葉を続けた。
「いえ、世の中は不変ではないという事ですかね。伝説であっても時には覆る
という事ですよ。」
 手にした偵察魔道器には、平均よりちょっと高めなだけの何という事もない
数値が並んでいた。
「そりゃそうですよ。」と、じーちゃんが頷きながら答えた。
3人は、橋を渡り切り並んで去っていく二人に視線を送った。
 
おわり
 

 

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