ガウリナ10のお題(前) 01.05.は続き物の予定

 01. 自称保護者

02. 共に行く理由

03. 殴るわよ

04. 大人と子供

05. 古傷

 

 

自称保護者

 

「あぁ、もう世の中いったいどうなっているのよ。運が悪いじゃ説明が付かないわよ。」

 西の空が赤く色づき始めた頃、いささか治安が宜しくない街のちょっと中心から外れた道を歩きながら、小柄な栗毛の少女は

ブツブツと文句を言う。

「そんなに文句ばかり言ったってしょうがないだろう。無いものは無いんだから。」

 周囲の状況に合わせて、彼女の隣から後ろを少しずつ移動しながら歩く大柄で金髪の青年は、少々ウンザリしたような顔で答えた。

「だぁから、しょうがないじゃすまないのよ。わかってるのガウリイ、あたし達もう1ヶ月近くも仕事をしていないんですけど。」

「わかっているよ、それは・・・」

 今度は、はっきりとウンザリした顔で、後頭部を右手で2-3度掻きながら、リナから目を逸らした。ここ2週間ばかり、

毎日のように聞かされている愚痴だ。

実際、仕事が無いのは、この町で4コ目だったか5コ目だったか。魔道士協会は言うに及ばず、公式な仕事の斡旋業からガウリイが

探してきた非公式な口入れ屋まで、片っ端から聞いて歩いた。二人一緒の仕事がダメなら別々でも構わないし、リナは書類の整理でも

本の片付けでも、ガウリイは力仕事でも構わないと思ったが、どうした事か臨時の仕事が一つも無い。

今も、この町で一日かけて探し回った帰りだ。最後に尋ねた怪しげな裏街道の口入れ屋は、仕事の依頼が一つも無くて商売上がったりだと、

逆に愚痴り始める始末だった。

「リナ、ひょっとしてオレ達もう金が無いとか言うんじゃないよな。」

 ガウリイが、リナの後ろから隣に移動してきて、まったく心配などしていない調子で聞いて来た。

「バカにしないでよ。一月や二月ばかり仕事をしないからって、いきなり干上がるような甘い財産管理はしていません。」

 リナは、いささか小ぶりな胸を張ってガウリイに向き直ると、30数cmは高いところにある彼の顔に向かって、

びっと人差し指を突き出した。

「だからって、仕事が無くて良い訳じゃないの。いつ何時、何が有るかわからないんだから、お金は有るにこした事は無いのよ。

それに働かざるものは食うべからずよ。あんたも、もう少し真面目に考えてよね。」

 余計な話題を持ち出したとガウリイが気付いても、もう遅い。仕方なくわかっているとか考えているとか言い訳をしていると、

近くの露店のオヤジが面白がって声を掛ける。

「よう、兄ちゃん。しっかりしないと可愛い嫁さんが愛想つかして逃げちまうぞ。」

 日暮れ時の往来の真中で、自分の胸の辺りまでしかない女に財布の中身について詰め寄られている男など、退屈な日常を送る

小さな街の住人にとって格好の退屈しのぎになって当然だ。面白そうにあちこちの店から、しっかりしろだの、奥さん少しは

勘弁してやってくれだのと声が飛ぶ。

 とっさに何のことかわからなかったリナが、赤い顔をして否定の言葉を発しようとすると、ガウリイの大きな手が背中を押して

歩くように急かした。周りの野次馬にはお騒がせしてすみませんとか言いながら・・・

 

「もう、なんなのよ。」

「そうむくれるなよ。あの連中相手にあそこで言い訳したってしょうがないだろ。」

 それは確かにそうだと思いながら、ちょっとばかり納得がいかないが、天然ボケのくせにこういう時のガウリイの言うことは、

いちいち正論だ。リナには、反論するだけの材料が無い。仕方なく黙って歩き出す。何よりも今日も仕事が無かったうえに、

今夜の宿も決まっていない。

リナは、なんなら場末の安宿でも構わないと思っているが、ガウリイはリナをそういうところに泊めたがらない。

確かに食い詰めた傭兵とか娼婦と客とか、お世辞にも品が良い場所ではないが、そこまで心配してもらうほど世間知らずという訳ではない。

まあ、そんな事を思ってはいても、そういう扱いが嫌な訳ではないので、結局のところ今日もあまり品の宜しくない裏道を離れて、

リナの足は、町の中心に向かって進み出した。

 

「すみません、ちょっと宜しいでしょうか?」

 町の中心街からほど近い、町の住人や真っ当な商人などの旅人が多く行き交うちょっとした市場の中で、その女性はリナに声を掛けた。

「ごめん、あたしが先客だから。ちょっと待ってて。」

ちょうど露店のおばちゃんと白熱した値段交渉の真っ最中だったリナは、露店の客だと思い込んで振り返る事もしないで、そう返した。

節約のため食堂での大食いは控えて、足りない分は安い店で買った物を部屋で食べて補う事にした。おかげで、宿に入る前の

買出しが日課となった。自分で決めておいて貧乏臭いと不満たらたらのリナを、部屋で二人で食うのもいいじゃないか、となだめた為に

ガウリイも大きな荷物を持たされて、リナのいちいち長くなる買い物のお供をしていた。

 有無を言わせぬ勢いに、女性はちらりとガウリイの方を見たので、とりあえず片手を上げてリナの勘違いに対する謝意だけは表しておいた。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって。どうぞ。」

 やっと交渉を終わらせたリナが場所を譲ろうとするが、女性は動かずにリナとガウリイの顔を交互に見て、にこりと笑ってこう言った。

「すみません、私はシリルといいます。実は、お仕事をお願いしたいのですが。」

 シリルと名乗る女性は、年のころはガウリイと同じ位か少し上か、豊かなブラウンの髪はゆるやかにウェーブしながら肩に掛かり、

髪と同じ色の大きめな瞳にぷっくりとした唇、背は高からず低からずふっくらとした女らしい体つきで、いわゆる美女というのとは

少し違う男好きのするタイプというところか。

もっとも、今彼女を一番印象付けるものは、その腕に抱えた母親と同じ髪の色をした赤ん坊の方だろう。

 あれほど探して見つからなかった仕事が、こんな往来で向うから飛び込んでくるとは、思いも寄らない事ではあったが、

さすがにたった今、値切られて不機嫌な露店のおばちゃんが睨む前で話も出来ないので、場所を改める事にした。といっても、

少し離れた細い路地へ移動するだけではあるが。

 シリルの依頼はよくある道中の護衛で、義父の具合が悪いと夫は先に帰郷してしまったので、彼女の夫の実家がある町まで同行する

というものだ。ただ、彼女が提示してきた金額は、いわゆる相場というやつで、リナにしてみると少々安い。が、ここは贅沢を言っている

場合でもなし、交渉もせずにあっさりと仕事を受けた。

 日も傾きかけたので、同じく宿泊先が決まっていないシリルも連れて今夜の宿を探す事にした。

「リナさん申し訳ないですけど、グレイスを少し抱っこしていてくれませんか。こういう場合の宿は私持ちになるんですよね。

話してきますから。」

 適当な宿を見つけるなり、玄関先でシリルは、「グレイス」要するに赤ん坊を有無を言わさずリナに押し付けて、1人でさっさと

行ってしまった。見ると彼女の大きな荷物も足元に置いたままなので、そちらはガウリイが無言で拾い上げた。二人がグレイスを連れて

荷物を持って少し遅れて宿に入れば、宿との話は済んでいるらしく、シリルに連れられてリナとガウリイはそのまま2階の部屋に通された。

 宿での簡素な食事(一人前)を済ませてから、リナは同部屋のシリルにちょっと打ち合わせがあるからと断って、隣のガウリイの部屋へ来ていた。

もちろん打ち合わせより食料が優先事項だが。

「しかし、お前よくあっさり仕事を受けたな。いつもより安いだろ今回の仕事。」

 ガウリイにしては、珍しく金額まで聞いていたのか、と思いはしたが余計な事は口に出さずに、先ほど値切った露店のオレンジの皮を

ナイフでむきながら答えた。

「そんな選り好みしている場合じゃないでしょうが。それにここら辺りじゃいくら探しても、もう仕事なんか見つかりそうもないから、

思い切って移動しようと思っていたところだし。目的地が行こうと思っていた方向に近いし、こういうのを渡りに船って言うのかしら。

あたしの日ごろの行いが善いからよね。」

「まあ、善いかどうか知らんが。お前さんがそう言うならいいけどな。」

 なんだかハッキリしない物言いは、赤ちゃん連れのリスクを言いたいのだろうが、そこはリナも考えない訳ではない。多分日程は余計に

掛かるだろうし、気も使う。まあ、そこは何とかするしかないし母親がいるのだから、どうにかなるだろう。

 今さら、役割分担の打ち合わせがある訳もなく、適当に雑談しながら胃袋に食料を詰め込んでリナは部屋に戻ってきた。

 シリルは、入り口に近いほうのベッドでグレイスを寝かしつけていた。音を立てないようにそっと歩きながら窓際のベッドまで移動した。

なるほどこれは思ったより、あたしが大変そうだとリナは再認識した。それでも一応、グレイスが寝入ってから入り口側では、何かあったら

危ないので、奥のベッドに移るように話はしたが、夜鳴きしたら外に連れ出すので入り口側が都合が良いと押し通された。まあ今回は、

特に誰かに狙われている訳でなし別にイイかと考えて、リナはあっさり引いてしまった。まさか後々後悔する事になろうとは、思いもしないで。

 

 カチャリ・・・わずかな音でリナは目を覚ました。

 一瞬だけ緊張したが、何処からか漏れる月明かりで人影は、シリルだと判断できた。ベッドの上には、グレイスが寝ている。

こんな夜中にトイレかな。そんな事を思って、リナは再び目を閉じた。

 

「ふぇーん、ふぇーん・・・」

 なんだか近いところで、猫?の鳴き声がする。いや子供かな、うるさいな朝っぱらから何とかしてよ。頭からふとんを被りなおそうとして、

リナは、あれっと気が付いた。泣いているのは自分の隣のベッドに寝ている赤ん坊だ。母親、シリルの姿はない。

 うー、しょうがないな。リナは渋々起き上がって、グレイスを抱き上げた。子供をおいて何処へ行ったんだあの人は、とかぶちぶち言いながら

泣き止むのを待って、服に着替えて、なおもシリルは姿を見せない。さすがにおかしい。

 リナは、グレイスを抱いて隣のガウリイの部屋のドアを叩いた。いつも日が昇る前に1人で朝稽古に出るので、留守なのは予想していた。

自分に何も言わずに出て行ったのだから、ガウリイに何かあった訳ではない。そのまま1階へ降りていくと、すでに宿の女将さんが

朝の支度で忙しく動いていた。

「あの〜、すみません。あたしの連れを見かけませんでしたか。」

「ああ、おはようございます。旦那さんなら、日が昇る前に剣だけ持って出かけましたよ。」

「いやアレは旦那じゃ・・・そうじゃなくてもう1人の女の人の方を知りませんか?」

「ああ、お姉さんなら昨夜、夜中の内に発たれましたよ。」

「えぇっ、た・・発った、出て行ったんですか。」

 ちょっとウソでしょう。これ、いやこの子はどうするのよ・・・腕の中のグレイスが、急にズッシリと重さを増したような気がした。

 その後、帰ってきたガウリイも交えて、女将さんから、事情を聞けば、

「えっ、だってあの人が、あなた達は妹さん夫婦と姪だって、久しぶりに会ったから無理して今日は一緒にいたけど、自分だけ

どうしても用があるから夜中に発つって、嘘なの?」

「ウソです。」

しかし女将さんを責めたところで始まらない。

「ガウリイ、ちょっとこれを見てて、あたしシリルを探してくるから。」

「えぇっ!いやちょっと待てリナ、おい。」

 慌てるガウリイにグレイスを押し付けて、宿の外に出た。

「翔封界!」

 この際、人目なんか気にしちゃいられない。とりあえず町の入り口と街道と、探しまわる順番を考えながら夜明けの町を飛び越えた。

 

 昼を少し過ぎたころ、宿の裏庭で剣を振っていたガウリイは、疲れきった顔をして宿に帰ってくるリナを見つけて、剣を鞘に収めた。

「ちょっと、ガウリイ何してんのよ。グレイスは、どうしたのよ。」

「あー、女将さんが見ていてくれるって言うから、預けた。」

「ちょっと、何でそんな事するのよ。それはタダって訳じゃないでしょうが。」

「いや、そこは聞いてないが・・・お前、オレが赤ん坊の面倒なんか見れるとでも思ったのか。」

 当然のように宣言されて、疲れたリナには反論する気力もない。

「ああ、あと赤ん坊の荷物の中から、これが出てきたぞ。」

 差し出したのは、4つに折りたたんだだけの紙で、あまり上手とはいえない女性の文字で、どうにもならない事情が出来たので、

自分は先に出発するからグレイスだけを連れて来てくれというものだった。

「うー・・・なんでこうなるのかな。ガウリイ明日出発するから。」

「信用するのか?」

 もっともな意見だ。これは捨て子と見るのが妥当な線だし、前金は受け取ったが、そこまでする義理があるわけじゃない。

 が・・・リナは頭を抱えたくなった。

「あとで説明するから、とりあえずお昼御飯食べよう。あたしはもうへとへとのぺこぺこ。」

 そう言って、重い足取りで、宿の玄関に向かって歩き出した。

 

続く

 

 

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