ガウリナ10のお題(前) 01.05.は続き物の予定

 

01. 自称保護者

02. 共に行く理由

03. 殴るわよ

04. 大人と子供

05. 古傷

 

 

共に行く理由

 

王都でもない街道途中の町の小さな宿屋で、昼過ぎまで残っている客など例外といっても過言ではない。

 今日はその例外が、たいして広くもない食堂兼玄関ホールの端っこで、二人差し向かいに遅い昼食兼朝食をとっていた。

予定外の滞在延長客に、宿の女将は自分たち用に作った賄いのスープとパンを出してくれた。

スプーンに複数乗ってしまう小さな具は、お客に使った材料の残りと思われるが、味はいい。

残念なことに量はかなり物足りないが、文句を言える立場でもない。二人ともしばらくは黙々と口に運び続けた。

隣のテーブルには、籠に入った赤ん坊。宿の主人夫婦が3人の子供をこれで育てたと豪語するだけあって、

がっちりと丈夫で安定していて子供が少々動いたぐらいではビクともしない。そのうえ持ち運びのための手提げまで

付いていて、至れり尽くせりの籠だ。

「それで?」

 あらかた食べ終わる頃ようやくガウリイが口を開いた。

「東と西の門に行って聞いたけど、夜が明ける前に出立した人も多いから結局わからなかったのよ。昨日の話が本当なら

東に向かうはずだから、少し東の街道を行ってみたけど見つからなかったし…。」

 こんな小さな町には珍しく周囲を城壁というほどではないが塀に囲まれているので、人の出入りは西と東の門で

管理されている。夜中に宿を出たとはいえ門が開かない以上は、塀を乗り越えない限り外には出られないから、彼女が

門を管理する民兵に見られずに外へ出ていることは、まず無いはずなのだが、東西の門番はそろって見ていないと主張した。

もっとも女性一人のこと、どこかの商人の団体にでも紛れてしまえば気が付かないという事もあり得るだろう。

 東の街道の探索をあきらめる頃には町が動き出す時間になっていたので、町の中も聞いて回ってみたが、成果は芳しくない。

悪の魔道士ルックの女を探すのならともかく、ごく普通の人間を探し出すのは、短時間では無理なことだ。

太陽が頂点に登りつめたころ捜索をあきらめて、宿に帰ってきた。

「それじゃ、やっぱり連れて行くのか?」

 ガウリイがちらりと籠をみる。女将さんに寝かしつけられた赤ん坊は、すやすやと寝入っている。

「あたしだって色々と考えたわよ。一応神殿にも行ってみたのよ、預かってくれるようなところがないかと思って、そしたら…」

「誰もいなかった・・・だろう。」

 湯気の立つ香茶を載せたお盆をテーブルに置いて、女将さんはため息をつきながら言った。一つをガウリイの前もう一つを

リナの前に置くと、隣のテーブルから椅子を引っ張ってきて座り込んだ。

「前はね、ちゃんと神官様も居て、みんな神殿に通っていたもんだけど…ほらあれだよ、あの向うの盛り場が出来るとき、

神官様が反対しなすってね。それなりに揉めたんだけど、結局みんなお金に目がくらんだって言うのか。まあ、確かに

人も増えて儲かるようになったけど…神官様は町を出て行ってしまってね。それからずっと、神殿はあの有様なんだよ・・・。」

 ああそれで、この町の神殿は、廃墟とまではいかないが、かなり長いこと誰も訪れた様子はなかった。

 リナが期待したのは、神殿にはよくある子供の保護施設だ。その盛り場でそこそこ儲かっているはずの町なので、

功名心を陰に隠した好事家の寄付で運営されている孤児院の一つぐらいあっても不思議ではないはずと思って、わ

ざわざ足を運んだが…神殿そのものがない始末だ。

「神殿もダメとなるとー、うーみゅ〜…。」

 栗色の小さな頭が香茶をよけて机に突っ伏す。たった一晩一緒にいただけの他人の赤ん坊を保護してやる義理はないが、

捨てていくほど思いきれない。だから代わりに保護してくれる所があれば置いて行くつもりだった。母親…シリルの

気が変わって戻って来たとき、すぐ分かるようにしておいてやればいいと思ったのに、その場所がこの町にはないのだ。

「でもねえ、気持ちはわかるけど子供…赤ちゃん連れの旅なんて大変だよ。まして他人の子…あなた子供を産んだこと

なんてないでしょう。」

 ガタっとこけたいところだが、あいにく既にテーブルに額を置いていたので、がばっと跳ね起きる。

「あったりまえです!!」

「そうようね〜・・・。」

 宿の女将さんは、立ち上ったリナの細身の体を上から下まで確認して頷いた。いや、今朝までグレイスをあたしの

子供と勘違いしていたくせに、なんですかそれは!と問い返したいところだが、虚しくも不毛なので黙って座りなおした。

「それじゃあ兄弟とか、赤ちゃんの面倒を見た経験はあるの?」

「いや、あたしは姉しかいませんし、近所の子のお守りをしたことぐらいは…。」

 えーっと、なんでしょうかこの展開は、リナの声がだんだんと先細る。

「それじゃ無理無理、子連れで旅なんて出来っこないわよ。荷物だってさっきの見たけど、町の中ならともかく、

これじゃ全然足りないわよ。」

「・・・。」

 ずいっとリナに迫る女将に、思わず背を反らし逃げの体制をとる。それを向かいの席で見ていたガウリイがぼそっと

口をひらいた。

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「あたしが色々と教えてあげるよ、ただし、その代わりと言っちゃなんだけど、こっちのいう事も聞いてもらえないかい?」

 宿の女将はリナの方を向いたまま、にんまりと笑いながらガウリイの問いに答えた。

 

「リナー、こっちも上がったから早く頼むよ。」

「は〜い・・・」

 昼過ぎには3人きりで座っていた食堂も、日が落ちる前から入りだした泊り客で、本日もありがたい事にほぼ満席と

相成っていた。奥の厨房というにはやや小さ目な宿の台所では、宿の主人と女将が二人で次々と料理を仕上げて

カウンター代わりのテーブルに並べていく。それを手早くお盆に移してテーブルに端から並べていくのは、エプロン姿の

栗色の髪の小柄女性。小柄な体を最大限に生かして狭いテーブルの間を料理を乗せたお盆を抱えて軽快にすり抜けていく。

「はい、お待たせしました〜。」

 ポンポンと料理を並べて足早に立ち去るが、もう次の料理が待っている。それでもメニューがなく今日の料理1種類だけなのが

救いといえば救いだ。それに久しぶりのひざ丈のスカートにエプロンが歩きにくく、なんだかどっと疲れる気がしていた。

「リナ、料理はそろそろ終わりだから、お茶のお湯を沸かしとくれ。」

 すっかり雇い主口調となった女将が、年季の入ったエプロンで手を拭きながら食堂にはいってくると、常連客らしい

中年の男達が、軽口をたたいた。

「よう女将、かわいい子入れたじゃないか。そんなに儲かってんのか。」

「何言ってんだい。あんた達みたいなの相手に商売してて、儲かるわけないだろ。今日だけの手伝いだよ」

「ああ、ここいらの人間じゃないのか。それじゃあれか、あっちの方の相手もしてくれんのか。」

 リナの背をぐいっと押して台所に押し込みながら、大きな声で客を脅かした。

「バカ言ってんじゃないよ、うちをあっち通りの淫売宿と一緒にしないでもらいたいね。それに、この子は亭主もちだよ。

外にいるご亭主にバッサリとやられるよ。」

 いや、あれは亭主じゃないんですが・・・と思いつつも余計なことは言わずに台所へ入っていく。

「おぉ、おっかねえな冗談だよ冗談。そんな金がないからこっちに来てるに決まってんだろ。・・・まあ多少儲かっても、

うちの母ちゃんがよけいな金は持たしちゃくれないけどな。」

「ははっ…そりゃいずこも同じだ。母ちゃんとガキどもが家で口を開けて待ってんだからな。」

 周りにいる商人風の男たちが、どっと笑いだした。話の区切りを確認した女将が、台所に戻ろうとすると最初の男が

その背中に声をかけた。

「亭主ってのはあれか、さっき外にいた金髪の若いのか。」

「そうだよ。あの子は台所、ご亭主には外仕事を頼んだんだよ。若いってのは威勢がよくていいね。

うちのじゃ2~3日掛かりそうな仕事もあっという間だよ。」

 そりゃあ体力だけは、人並み以上だからね…聞くともなしに聞いていた会話に心の中で相槌を打ちながら調理台に

香茶用のカップを並べていたリナは、次の言葉に手を止めた。

「ああ、それじゃお前あの子に手ぇ出さないで命拾いしたぞ、あの若いのは、そうとう危ない奴だぞ。」

「そうかぁ・・・、まあ愛想は悪いが人のよさそうな兄ちゃんに見えたがな。」

「何言ってんだ。お前ら見なかったのか、腰に剣を吊ったままウロウロしてんのを、多分あれは傭兵崩れだろ。

人なんか平気で斬るぞ。」

 顔だけを声の方に向けてみたが、リナの位置から話している男の顔は見えない。

「そういや、お前も前に傭兵やっていたって言ってたな。」

「いや俺は、若い時に少々剣術をかじったし、どうしても金が要りようで仕方なく1回だけ行ったが・・・

もう殺されても2度とごめんだ。あんな事を好き好んで続ける奴は、まともじゃねえよ・・・。」

 

「おい、湯が沸いてるぞ。」

 ほんの一瞬の沈黙を破ったのは、今まで口を開かなかった宿の主人のぶっきらぼうな一言だった。

「あらやだ、噴いちゃっているじゃない。リナ、カップは15個だよ。砂糖も付けてね。」

「・・あっ、はい。」

 慌てて戻ってきた女将さんが、薬缶に特性だと自慢していた香茶の葉を一掴み入れると少し甘い香りが漂ってきた。

カップを並べる作業を続けながら、大きく息を吸ってその香りを楽しんでみても、何かが胸につかえた様な感覚は治まらなかった。

 

 女将さん自慢の特性香茶の効果か、その後は一転して楽しげな与太話を続けていた泊り客達は、各々の部屋に引き上げていった。

客の夕飯の片づけを終わらせ、食堂の隅で宿の夫婦と4人で賄いの晩御飯を食べた後、ガウリイは仕事の残りを片づけに

また外に出ていき、台所では宿の主人が調理台で明日の朝の仕込みを始めていた。

先ほどまで赤々と燃えていたかまどの中も今は熾火が残るだけとなり、その程よい暖かさの前に籠に入ったグレイスを据えると、

リナと女将さんは並んで針仕事をすることにした。

「おや、なかなか上手いもんじゃないか。」

 おむつを縫うリナの手さばきを見て女将さんは、意外そうな声を出した。

「まっすぐ縫うだけじゃないですか。このぐらいできますよ。」

「あら、ごめんよ。でもちょっと意外だったもんだから・・・でも本当に上手いもんだよ。」

 コロコロと笑いながら言う女将さんに悪気はないのはわかっているが、どちらにしても流れ者など良い目で見られていないことは

間違いない。針仕事の手は止めずに、ちょっとだけ話題を変える。

「でも、赤ん坊の服をもらえて助かりました。さすがにそれまで縫っていたら、とても明日までに終わらなかったから。」

「いいんだよ。どうせうちじゃもう使わないから。まあ孫が出来たらと思っていたけど、娘の嫁ぎ先も遠いから・・・

気にしないで持っていきな。」

 こちらも宿の備品のシーツを縫いながら、顔も上げずに答えた。

 ありがとうございますと返しながら、そういえば子供が3人と言っていたけどガウリイがやっている外仕事の溜まり具合から見ても、

この宿は二人だけでやっているみたいだし、誰も一緒に住んでいないみたいだ。そんなことを考えて外に続く裏口をちらりと見た。

「旦那さん遅いね、本当に全部終わらせてくれるつもりかね。別に出来るところまででいいんだけどね。」

 相変わらず勘違いしたままのセリフに、そういえばグレイスの事は否定したが、そこは訂正していなかったかと気が付いたが、

口から出たのは別の言葉だった。

「別に気にしなくても大丈夫ですよ。暇があれば一日中でも剣を振り回しているような男ですから・・・」

 2枚目の縫い終わったおむつをパタパタと2回はたいて畳みながら、3枚目と木綿の布を手とった。

「まあ、確かに若いし体も大きいし頼りになりそうだからお願いしたんだけどね・・・それにしても、あんたまさか、

さっきお客が言ったことを気にしてんじゃないだろうね。」

「へっ・・・」

 意識したつもりはなかったが、言葉にとげでもあったのだろうか、否定のセリフを口にしようとしたものの、

らしくもなくとっさの言葉が出てこなかった。

「そりゃね、傭兵なんてほめられた商売でもないから色々あるだろうけど、いい人じゃないか。今だって頼んだ以上の仕事

してくれて、それにね男には、昔のことでとやかく言うもんじゃないんだよ。」

 とやかく言おうにも、よく考えたらあの男の昔の事なんか何も聞いていないのだが、しかしちょっと勘違いしているところはともかく、

あたし達の心配をしてくれているには確かなので反論はやめる事にする。

「大丈夫、別に気してませんよ。」

 気にするどころか同じ穴の何とかだし、そりゃあたしは戦場には行ったことは無いけど毎日戦場みたいな事もやってきた。

それに父ちゃんは元傭兵で、だから文句も否定も言う気はさらさら無い。何だかもやもやするのはきっと気のせい。

そう、無いと言ったら無いのだ。

「なら、いいんだけどね〜。」

 リナの無駄に硬い決意に気が付いてはいないだろう、心配そうな声が虚しく台所に響いた。

 

 リナたちの針仕事も宿の主人の仕込みもあらかた終わる頃、ようやく裏口の戸が開いた。大きな体と一緒に入って来た

夜の冷気で鼻がムズムズする、と思った途端に足元の籠からいまだ慣れない大きな音が台所に鳴り響いた。

 

ふぎゃぁ〜・・ふぎゃぁ〜

 

「ちょっと、寒いから早く閉めてよ。泣いちゃったじゃないの。」

「…今のはオレのせいか…」

 外から薪を何束か運び入れながら、こっちも見ないで文句を言う男の体からはわずかに蒸気が上がっている。

ああ、もう素振りも済ませて井戸で汗も流してきたな。流れ込んでくる夜気を思うと考えただけで寒さでぶるっと体が

震えるような気がする。

「ご苦労さん、外は寒かっただろ。…あんたもそんなこと言うもんじゃないよ。」

 軽くたしなめながら、籠から赤ん坊を取り出すと2,3度ゆすってあやすとリナのひざの上によこした。

「おむつ取り替えたら、ちゃんと洗って干しときなよ。明日の出発までに乾くだろうから、そうしたら今日はもう寝ていいよ、

ご苦労さん。」

 ああそうか、これから面倒見るのは全面的に自分なのか。当たり前だがなんとなく早くも投げ出したい気持ちになりそうだが・・・

致し方なく決意も新たに手の中の赤ん坊に声をかけた。

「それじゃグレイス、部屋戻っておむつ替えますか。」

「リナ、その名前だけどね。その子男の子だよ。」

「へっ・・・?!」

「あ、あとね悪いんだけど、部屋満室になったから、あんた達こっちの部屋で寝てくれないかい。うちの子供らが使っていた

部屋で悪いんだけど、その代わり今日の宿代はいらないから、荷物はもう旦那さんに移してもらってあるからさ。」

「えぇ・・・」

 

 

 代わりにあてがわれた元子供部屋は、乱雑に積み上げられた荷物の間にかろうじて二つのベッドが置いてあるだけの狭い空間だ。

よく眠っている赤ん坊を起こさないようにそっとベッドの端に置いた。

「男の子・・・」

 おむつ替えで確認した事実を改めて反芻しながら考え込むリナの横でのん気な声がした。

「男じゃグレイスは変だな。グレートか。」

「あのね・・そういう問題じゃないでしょが。重要なのは、なんでこんな事で嘘ついたのかよ。」

「別にどっちだっていいだろ、考えたって分かる訳じゃないし。」

不満げな彼女には目もくれずに、この小さな部屋唯一の小さな窓の戸板を押し開けた。流れ込んだ寒気に文句の一つも

付けようかと思ったが、部屋の埃っぽさに思い直し眠る小さな体に寝具をかけなおした。

半分以上金髪に占拠された小さな窓に広がる暗闇と、その向こうに見える明るさは盛り場を彩る魔法の光だろうか、

昨日仕事を探して口入れ屋を訪れた時に見た昼間の寂れたような通りと同じ場所とは、知っていても信じられないほどだ。。

そっと歩いて大きな体の隣に潜り込むように立つと、小さな窓は二人並ぶのがやっとだった。

「リナ・・・」

「なあに・・・」

「あそこには、行ったのか。」

 視線の先には、月の光をも押しのけて煌々と光る街の明かり。

「行ってない。昼間行ってもどうなるものでもないし・・・」

 半分本当で半分ちょっと違う言葉を返す。

「オレが行ってくるか・・・?」

 当然の申し入れにしばらく返事をしなかった。もしシリルがあそこに身を置いているのだとすれば、あの子を返したところで

良い結果があるとは思えない。あの場所・・・あそこで働く女達に能天気な誤解を持っていた頃ならともかく、年齢を重ねる

ことで気が付いた切実で重い事実が圧し掛かってくる。いや隣に立つ男に抱く、今までにない感情のせいなのかもしれない。

「いいよ、あそこじゃ返したところで仕様がないよ。」

「じゃあ、どうするんだ。」

「どうしても見つからなかったら・・・彼女が言っていた町に向かう延長に、ちょっとずれるけどゼフィーリアがあるんだ。

あそこに行けば女王陛下が作った保護施設があるのよ。最終的にはそこに頼もうと思うの。ここに置いて行くよりは、

はるかにマシでしょ。」

「まあ、それならいいが。」

 とりあえず、ベッドに眠る小さな保護すべき者がもたらすであろう大変さには目をつぶり、こうしてお互いの体温を感じる

距離の心地よさに浸りたいと思う。

 

 無言のまま体が冷えきるまで二人で窓際に立ち続けた。

 

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